ローマ法王が中国と握手して「悪魔の取引」を結ぶ日
ローマ法王フランシスコはリベラルなことで知られているが Remo Casilli-REUTERS
<カトリック信徒の増大に動揺した中国共産党は一転して懐柔に。バチカンは台湾の信徒と存在を見捨てるのか>
15年8月、私は台湾南部の先住民集落に入った。敬虔なカトリック教徒の多い村には台湾全土と香港から宣教師の一団が見学に訪れていた。
名刺を交換して挨拶を交わしてからバスに乗り込もうとした瞬間、バチカンから携帯に電話があった。かねて親交のある法王庁の神父が、「中国内モンゴル自治区の信者たちは元気か」と聞いてきたのだ。私の故郷、内モンゴルのオルドス高原にも数千人のモンゴル人クリスチャンが暮らしており、中国共産党から過酷な弾圧を受けている。その近況が知りたかったようだ。
台湾の村の神父も内モンゴルの同胞が中国の圧政に苦しんでいる事実を知っており、私の訪問をバチカンに報告していたらしい。その場にいた友人は「カトリックのネットワークはCIAより何倍も強いね。ローマ法王(教皇)こそ世界の支配者だ」と驚嘆。バチカンを頂点に、全世界の信者が強烈な連帯意識で結ばれていることを実感した。
そのバチカンは今、無数の同胞を苦しめている悪魔のような中国と密談を重ねている。対立している司教の任命問題についても早ければ3月末にも合意し、51年以降断交している両国の正式な外交関係の締結に弾みをつけようとしている。
3月は中国では「政治の季節」だ。習近平(シー・チンピン)国家主席が自身の名前を冠した思想を憲法に書き込み、国家主席の任期を撤廃。終身支配体制が全国人民代表大会で確立する見通しだ。ローマ法王は、共産党一党独裁のトップである習の「皇帝即位」に花を添えようとしている。リベラルと見なされてきた法王は「悪魔」を改心できるのだろうか。
台湾外交にとどめを刺す
そもそも51年に断交したのは、「宗教はアヘン」との信念を持つ共産党が中国で政権を得た結果だ。クリスチャンの蒋介石総統を台湾に追放しただけでは満足しなかった。「カトリックは帝国主義が中国を侵略する先兵を務めた」「宣教師は西欧列強のスパイ」などと宣伝し、神父たちを国外に追放。教会を閉鎖し、人々の信仰を禁止した。
それでも、今日では約1000万人ものカトリック信者が中国各地にいる。同じく弾圧されているプロテスタントその他諸派を合わせればクリスチャンは1億人近いとも言われる。いずれは世界最大のクリスチャン国になりかねないと中国は危惧。今も激烈な手口で教会を破壊し、十字架を引きずり降ろし、宣教師の逮捕監禁を続けている。
最も有効な手段は法王を取り込むことだと気付いた習政権は水面下でバチカンに接近した。中国が提示する条件は、共産党公認の中国天主教愛国会が独自に任命した司教をバチカンが追認すること。さらにバチカン側に立つ中国非公認の「地下教会」の司教2人の地位を共産党側に譲ることだ。
「法王の決定ならば従う」と、中国南東部教区の郭希錦(クオ・シーチン)司教は圧力を受け、自らの地位を中国天主教愛国会に譲る意向を示した。一方、香港教区の陳日君(チェン・リーチュン)枢機卿は「独裁政権と話しても無駄だ」と反対。バチカンのなりふり構わぬ姿勢は信者たちの間にも摩擦を起こしつつある。
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