コラム

ローマ法王が中国と握手して「悪魔の取引」を結ぶ日

2018年03月19日(月)10時30分

ローマ法王フランシスコはリベラルなことで知られているが Remo Casilli-REUTERS

<カトリック信徒の増大に動揺した中国共産党は一転して懐柔に。バチカンは台湾の信徒と存在を見捨てるのか>

15年8月、私は台湾南部の先住民集落に入った。敬虔なカトリック教徒の多い村には台湾全土と香港から宣教師の一団が見学に訪れていた。

名刺を交換して挨拶を交わしてからバスに乗り込もうとした瞬間、バチカンから携帯に電話があった。かねて親交のある法王庁の神父が、「中国内モンゴル自治区の信者たちは元気か」と聞いてきたのだ。私の故郷、内モンゴルのオルドス高原にも数千人のモンゴル人クリスチャンが暮らしており、中国共産党から過酷な弾圧を受けている。その近況が知りたかったようだ。

台湾の村の神父も内モンゴルの同胞が中国の圧政に苦しんでいる事実を知っており、私の訪問をバチカンに報告していたらしい。その場にいた友人は「カトリックのネットワークはCIAより何倍も強いね。ローマ法王(教皇)こそ世界の支配者だ」と驚嘆。バチカンを頂点に、全世界の信者が強烈な連帯意識で結ばれていることを実感した。

そのバチカンは今、無数の同胞を苦しめている悪魔のような中国と密談を重ねている。対立している司教の任命問題についても早ければ3月末にも合意し、51年以降断交している両国の正式な外交関係の締結に弾みをつけようとしている。

3月は中国では「政治の季節」だ。習近平(シー・チンピン)国家主席が自身の名前を冠した思想を憲法に書き込み、国家主席の任期を撤廃。終身支配体制が全国人民代表大会で確立する見通しだ。ローマ法王は、共産党一党独裁のトップである習の「皇帝即位」に花を添えようとしている。リベラルと見なされてきた法王は「悪魔」を改心できるのだろうか。

台湾外交にとどめを刺す

そもそも51年に断交したのは、「宗教はアヘン」との信念を持つ共産党が中国で政権を得た結果だ。クリスチャンの蒋介石総統を台湾に追放しただけでは満足しなかった。「カトリックは帝国主義が中国を侵略する先兵を務めた」「宣教師は西欧列強のスパイ」などと宣伝し、神父たちを国外に追放。教会を閉鎖し、人々の信仰を禁止した。

それでも、今日では約1000万人ものカトリック信者が中国各地にいる。同じく弾圧されているプロテスタントその他諸派を合わせればクリスチャンは1億人近いとも言われる。いずれは世界最大のクリスチャン国になりかねないと中国は危惧。今も激烈な手口で教会を破壊し、十字架を引きずり降ろし、宣教師の逮捕監禁を続けている。

最も有効な手段は法王を取り込むことだと気付いた習政権は水面下でバチカンに接近した。中国が提示する条件は、共産党公認の中国天主教愛国会が独自に任命した司教をバチカンが追認すること。さらにバチカン側に立つ中国非公認の「地下教会」の司教2人の地位を共産党側に譲ることだ。

「法王の決定ならば従う」と、中国南東部教区の郭希錦(クオ・シーチン)司教は圧力を受け、自らの地位を中国天主教愛国会に譲る意向を示した。一方、香港教区の陳日君(チェン・リーチュン)枢機卿は「独裁政権と話しても無駄だ」と反対。バチカンのなりふり構わぬ姿勢は信者たちの間にも摩擦を起こしつつある。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 8
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story