最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性
『利他(りた)的』に、共感して生きる? ポートランド的、新しい時代へのヒント
| 日々の暮らしが変わって行くなか、どう他者と関わるのか
3回目のコロナワクチン接種が、エッセンシャル・ワーカーの間で開始されて約1ヶ月が経過。そんな紅葉の深い、小雨交じりの季節に突入したポートランドの町。
患者数は減少しているとはいえ、毎日の生活がコロナ前に戻ったわけではなく。気持ち的には、すこし宙ぶらりんな状態が続いています。時代の潮目となったこの2年間、直接的な人間関係が激減している日々が続いているのは、日本とそう大きな違いはありません。
そんな中、相互に支え合う「互助」がより一層広まっている様子です。制度化された助け合いの共助、とは少し違う互助。近隣で日常的にお互い助け合う、声を掛け合う。そんな、費用負担が発生しない自発的な助け合い。
そんな最近の互助を、ポートランドで感じていた矢先。日本に住んでいる複数のミリニアム世代の友人との会話で、似たような意味合いをもつ言葉を耳にすることが増えました。それが、『利他(りた)*』。
本来の意味は、自己の利益よりも、他者の利益を優先するという深い考え方です。こんな元来の意味 を聞くと「私には到底できない」と身構えてしまいそう。
とは言え今は、本来の意味から大分離れて、もっとカジュアルに曖昧な使われ方に変化。自己犠牲という部分がすこし取り去られて、『共感』という意味合いで使われているようです。
この様な説明をしても、まだ何だか難しそうな利他。少し乱暴かもしれませんが、単純に他の人々の暮らしや心を上向きにするため、という感じ。さらに広げて言うならば、自分が持っているもので出来る限りの良いことを行なう。でも、押し付ける事とは違う。そんな感じでしょうか。
そしてこの言葉に触れる機会が増えた時、ふと一人の女性の顔が浮かびました。利他的な働きをコンセプトにしている、ケイシーさん。知的センスにあふれつつ、やさしい風にそよぐラベンダーのような方です。
彼女は現在、『企業と従業員、企業と顧客をつなぐ絆』と言うべき業務、エンゲージメント・コンサルタントとして活躍をしています。
実の所、長期巨大プロジェクト* の在ポートランド日本人代表と選出された私が、彼女と出会ったのは約3年前。ポートランドのダウンタウンに掛かるバーンサイド橋の耐震強化プロジェクトでした。
密に一緒に仕事をしていて感じたこと。それは、彼女の知性と会話力、そして包容力のバランスが絶妙なところです。
そんなケイシーさんからのヒントを基に、暮らしの中の利他、そしてビジネス分野での共感エンゲージメント。今の時代に必要な他者への心持ちをキーワードにして、探っていきます。
| 顧客満足度時代に必要な共感『エンゲージメント・コンサルタント』とは?
カリフォルニア出身のケイシーさん。大学で国際ビジネス経営を学んだ後、世界中のリーダーを集めて地球規模の大きな問題を議論するシンクタンク組織で働き始めます。その後、ポートランドにある建築エンジニアリング会社に転職。プロジェクトマネージャーとして、そのキャリアを積んでいきました。
「業種としては、若干ドライともいえるエンジニア会社にありがちな気風。そこで働くうちに、自分の興味の矛先と長所は、人と人を繋ぐコミュニケーションだと感じたのです。
特に、住民や市民の関心事や声を拾い上げる役割を担い、プロジェクトの重要な決定に反映させる。それが、『ステークホルダー・エンゲージメント*』。その分野に深い興味があるということに気付き、そこから学びを深めていきました。」
ビジネスの分野に共感を取り入れた手法。それが、エンゲージメント・コンサルタントという仕事。現在ではアメリカ、特にSDGs分野に力を入れている多くの企業が取り入れています。
ともすれば、効率だけでドライに物事を進めてしまいがちなプロジェクト。そこに、市民や公共機関の声を聞き拾い上げていく。当然の様に、拾い上げるだけで終わりにするのではなく、実際のプロジェクトにしっかりと反映していくことを良しとする方法です。
人に焦点を当てて、コミュニケーションと良好な人間関係を構築していく。そんな『共感の橋渡し』役として、プロジェクトを人間の血の通ったものとしてきたケイシーさん。
その多くの経験を基に、今年2021年6月に自分のコンサルティング会社を立ち上げたと微笑みます。
「自分の会社で心掛けていること。それは、全てにおいて『人ありき』という部分です。
人間は複雑な生き物。ですから、効果的なコミュニケーションというのは、とても難しい。だって、それぞれが生まれ育った環境、文化や思考は、基本みんな違うのが当たり前なんですから。あなたにとって良きものが、他の人にとって良い事とは限らない。それが現実ですよね。
そこを前提として、誰かが何か新しいものを地域や場につくり上げる時、重要となるポイント。それは、人々が暮らすその地域コミュニティを考慮して、多くの人にとって公平な良きものを生み出し与えるという点です。
そうすれば、それがつくり上げられた後、地域の人々はそれを誇りに思い、支持し、自分たちに良いものを提供してくれたと感じられます。心と暮らしそのものが、豊かになるということを共感しやすくなるのです。」
生産的で意味のある会話をする方法を見つけ出し、その会話から得られる情報の数々に耳を傾け、拾い上げる。そして、それをどのように広げると、ポジティブな変化に繋げることができるのか。そこを考えるのが大好き。そう語るケイシーさん。
では、具体的な利他の行動。そして、町にあふれる多くのネガティブな発言や偏見に対して、どうすれば良いのでしょうか。ケイシー流のヒントとは、どのようなものでしょうか?
著者プロフィール
- 山本彌生
企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。
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Instagram:PDX_Coordinator
協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)