南米街角クラブ
80歳の国民的アーティストからバトンを受け継ぐ新世代のアーティストたち
|新世代アーティストたちとのコラボレーション
近年、音楽の多様化と共にアーティストも増え、ブラジルでも「国民的アーティスト」という言葉にあてはまる人物があまり出てこなくなったように感じる。つまり、リスナーにも様々なグループができたということだ。
更に、この様々なグループで頂点になるようなアーティストは、次々にブラジル国外に進出し注目を集めている。
そんな若い世代のアーティストにとってMPBは自分の両親が聴いていた音楽とも考えられるのだが、彼らは自分の親世代のMPBアーティストたちと率先してコラボレーションを行っている。
ストリーミングサービスSpotifyは先月から、この80歳を迎えた4人のアーティストの代表作を若い世代の人気ミュージシャンたちが独自に再アレンジする企画を設け、スペシャルプレイリスト「Atemporais」を発表した。このプレイリストのタイトル名は「世代を越えて」という意味合いがある。
最初にカエターノ・ヴェローゾの楽曲が披露され、今ブラジルで人気上昇中の音楽ピゼイロ(別名ピザジーニャ)の女性ナンバーワンといわれるマリ・フェルナンデスと、他にはない声の持ち主で2021年に話題を呼んだマリーナ・セーナがカバーした。
ミルトン・ナシメントのカバーには今ヒップホップ界で最も注目されるジョンガと、スラム街にてMCビヨンセというステージ名で活動を開始し今ではラテングラミー賞を受賞するまで上り詰めたルジミーラ。ジョンガは原曲とは全く違うが今の若者に人気のあるアレンジ、ルジミーラも原曲よりポップにしながらも難しいミルトンの楽曲で力強い声を披露している。
サンバ界の貴公子パウリーニョ・ダ・ヴィオラの作品は2人の人気ラッパーが登場。元教師でヒップホップ以外にサンバのアルバム制作経験もあるクリオーロと、ネットフリックスのドキュメンタリー『アマレーロ 過ぎゆく時の中で』で世界的にも名が知られるようになった天才ラッパーのエミシーダである。
そしてジル・ベルトジルの作品にはリアリティショーの出演で有名になったアーティストのリン・ダ・ケブラーダ、欧米の巨大フェスにも登場し熱狂的なルーラ新大統領支持者として知られるパブロ・ヴィタールである。リンとパブロはブラジルのLGBT+の代表的なアーティストでもある。
この企画以外にも、ブラジルの音楽界は普段からジャンルや世代を超えたコラボレーションが多い。
今月発表されたラテングラミーでMPB最優秀アルバム賞に輝いたリニケルも、同アルバムのゲストにミルトン・ナシメントを呼んでいる。
もちろん若い世代が大御所を呼ぶだけではない。ミルトンは最後のツアーのサブ・ヴォーカルに売り出し中の若手歌手ゼー・イバーハを呼び、全面的に応援している。カエターノに関しては常に若いアーティストと共同制作を行い、そのサウンドまで自分の世界に取り入れてしまう。
こうして若い世代は自分の両親が聴いていた世代のアーティストを知り、60年代、70年代ののMPBファンは新たなアーティストや流行している音楽を聴く機会となっている。
私が知っている限りでは、こういった世代とジャンルを超えたコラボレーションは日本ではあまり聞かないので、非常に新鮮だ。
|ブラジル音楽の面白さとは
残念ながら、日本にはボサノヴァからMPB以降のブラジル音楽があまり積極的に紹介されていない。
確かにMPB黄金期のような、前面的に「ブラジルだ!」と感じるような作品が少なくなっていることは間違いない。近年ブラジルで流行している音楽は、アメリカの最新ポップスやスペイン語圏の音楽(主にレゲトン)の影響を強く受けていると感じる。構成、メロディ、コードなど、かつての楽曲の方が音楽的に興味深いのも確かだ。
一方で地方特有の面白さをもつセルタネージョ・ウニヴェルシターリオやピゼイロ、ファンキは国内でこそ人気があるものの、国外では過小評価されている。
19世紀以降のブラジル音楽史を見ると本国でのボサノヴァ流行はたったの4年程度というように、ブラジル音楽が変化/進化するスピードは早い。 それはブラジル人の吸収の速さや少々ミーハーなところも関係しているだろうが、ブラジルの地方文化の強さや、国が独立してから政権も目まぐるしく変化している歴史も関係しているだろう。 特に軍事政権時代から政治と音楽の関わりは強く、前回の記事に書いたような政治運動ソングがあっという間にランキングを埋め尽くしてしまう。
そしてポルトガル語で歌われる歌詞は人々の生活に常に密着しており、細部にブラジリダージ(ブラジル人の気質)が現れている。 ブラジル音楽が面白いのはこういった日常の変化と関係しているところなのだ。
しかし、海外進出となると最初に問題になるのは言葉の壁である。
世界の母語人口をみても、ポルトガル語は英語とスペイン語には敵わない。
ラテングラミー賞の受賞者も、やはりスペイン語圏のアーティストが有利になっており、本年度のブラジル人アーティストの受賞はポルトガル語やブラジル音楽に関連するカテゴリーのみとなった。世界進出を果たしたアニッタも積極的に英語とスペイン語の楽曲をリリースしている。
楽曲がサンバ、ボサノヴァのように一聴してすぐにブラジル音楽だとわかりにくくなってからは、音のインパクトだけで評価がされてしまいがちだが、最近ではブラジルのアーティストもビデオクリップやインタビューに英語字幕をつけるなど試みはあるようだ。翻訳サイトも充実しているので、なんとなく意味を理解することもできるだろう。
日本にも数は少ないが個人サイトで現行ブラジル音楽の面白さを解説している人たちもいる。
正直、私も60年代と70年代のブラジル音楽が大好きで、最近のブラジル音楽に偏見を持っていた一人だったが、聴いてみたら素晴らしいアーティストと作品があふれていることに気が付いた。ブラジルの現状をよく現わしており、社会に訴えかける部分なんかは、MPB黄金期のスタイルを受け継いでいる。もしかすると、ブラジルに関連するニュースを見るだけでも、楽曲の理解度が増すかもしれない。
このバトンタッチをポジティブに考えてみてほしい。
最後に、今回ラテングラミーでMPB最優秀アルバムに輝いたリニケルのアルバムから「Vitoriosa」のライブバージョンを紹介したい。
聴く人を包み込むようなリニケルの豊かな声に、オーケストラアレンジされたサンバがダイナミックで聴きごたえ抜群だ。
リニケルは同部門で初めて最優秀賞に選ばれたトランスジェンダーの女性である。
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著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada