南米街角クラブ
なぜブラジルの恋人の日は6月12日なの?
6月12日はブラジルの恋人の日、いわゆるブラジルのバレンタインデーだ。
恋人の日と呼ばれるが、もちろん夫婦にも大切な1日となる。
我々日本人には馴染みのない6月の恋人の日。
私もすっかり忘れており、あいにく出張を入れてしまった(パートナーがイベント大好きな人だったら確実に怒られていただろう)。
では、何故ブラジルの恋人の日は6月12日なのか。
|カーニバルを避けて計画的に作られた恋人の日
ブラジルで最も盛大に祝われるイベントはクリスマス。
その後に年越し、カーニバル(2月もしくは3月初旬)、復活祭(3月末もしくは4月)、母の日(5月)とイベントが続く。
プレゼントを贈る習慣のあるクリスマスと母の日に小売業界は大きな盛り上がりをみせるが、商業的な祝日がない6月*の売り上げに悩まされていた。
そこで1948年に広告会社の社長ジョアン・ドリアは、他国で祝われている2月14日のバレンタイン商戦に目を付ける。
ブラジルでは縁結びの聖人であるサント・アントニオが亡くなった前日である6月12日を恋人の日にしようと提案。
これならカーニバルと重なる心配もない。
ジョアン・ドリア?
どこかで聞いたことのある名前だと思えば、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種推進で支持率回復を狙った元サンパウロ州知事ジョアン・ドリア・ジュニオールの父親だった。
ドリア父は「愛を証明する方法はキスだけではない!」というスローガンを掲げ、サンパウロの百貨店で恋人の日商戦に力を入れると、売り上げは例年よりも向上した。
こうして、2月14日にバレンタインデーを祝う習慣がなかったブラジルで、6月12日が恋人の日として定着した。
*補足 6月はフェスタ・ジュニーナと呼ばれるお祭りが全国的に行われるが、あくまでも文化的な催しである
【参考】 https://www.newsweekjapan.jp/worldvoice/shimada/2021/06/506.php
|恋人の日はどんな風に過ごす?
スローガンの効果もあり、プレゼント交換は定番となった。
洋服、アクセサリー、花、香水や化粧品、レコードやCD、最近では家電を贈り合うカップルもいるようだ。
大手ブランドは恋人の日限定商品を用意する。
また、プレゼント交換だけでなく恋人の日限定ランチやディナーも人気がある。
自宅で祝うことが一般的なクリスマスや母の日、父の日に比べて、恋人の日は外食する人が多く、レストランやバーは大繁盛。
特別メニューを用意し、音楽家たちがそこに生演奏の花を添える。
|今年はカップルの半数がプレゼント交換なし
恋人の日のプレゼント商戦は、パンデミックの影響で2020年には売上が激減したが、昨年は回復。
今年はインフレも関係し、昨年より2.6%減少することが予想されている。
サンパウロ商業協会が6月6日にブラジル全土で行った事前調査では、カップルの50%が今年はプレゼント交換をしないと回答。
15%は未定。35%は購入予定で、そのうちの77%はプレゼントの予算が50レアル~200レアルと回答。
しかし、今年の売り上げ予想は24.9億レアル(現在のレートで約654億円)と、小売業界では年間で6番目に重要なイベントであることには変わりなく、ブラジルの社会的格差が広がっていることを実感する。
予算がない人は手作りカードなどをプレゼントしても良い。
Youtubeにもお金のかからない手作りプレゼント案を提供する動画が沢山投稿されている。
愛情がこもっていれば、何でも喜ばれるだろう。
|ブラジル人流、カップルの在り方
そして、近年の恋人の日に欠かせないのがSNSへの投稿。
2人の思い出写真と共に、相手への愛のメッセージが綴られる。
わざわざ公にしなくても良いのでは?と思うのだが、2人がうまくいっているアピールは重要。反対に、毎年投稿されていた写真の更新がなければ、「あの2人、別れたのかな」なんて噂になることもある。
恋人の日以外でも、常に行動を共にするカップルが多い。
ブラジルでは家族や親戚の集まりがよくあるのだが、そこに恋人を連れていくのはよくあることだ(既婚なら、もちろん2人で出席する)。
友人同士の集まりにも恋人を連れて行くし、連れて行かなければ必ず「なんで来られないの?」と仲間に聞かれる。
SNS投稿をはじめ、自分の交友関係に恋人や配偶者を紹介することは、ブラジル人の愛情表現の1つでもあるのだ。
それには独占欲と嫉妬深さも関係しているように思える。
ある日、友人とバーで飲んでいると、別の用事で来られなかった彼の恋人から30分おきに電話がかかってきたことがあった。結局、彼は電話に出てばかりで楽しむどころではなかった。
ブラジルには驚くレベルの嫉妬深さをもつ人がけっこういる。
|ブラジル人の恋愛には告白がない?
ちなみにブラジルの恋人の日は、日本のバレンタインデーのように想いを寄せる相手に告白をする習慣はなく、あくまでもカップルがお祝いする日である。
告白といえば、ちょっと面白いブラジルの文化があるのでお話したい。
"ficar"(フィカール)という、簡単に言えば、正式交際ではないお試し期間のような関係だ。
中には複数の人と同時にフィカールする人もいる。
相性が良ければ関係は続き、いつの間にか恋人同士になる。
もちろん、どちらかが痺れを切らして「私たち付き合ってるの?」と聞いて正式交際するなんてことも。
このフィカールというのは周りの人々から見てもミステリーな期間。
一度、友人に「あなたの彼女は...」と言ったら「彼女じゃないよ」と言われたことがあった。
彼はその女性と半年以上一緒にいたので、てっきり彼女かと思っていたのだが。その後もしばらく手を繋ぎながら歩いていた2人だったが、結局交際には至らなかった。
フィカールの期間は人それぞれ。
約束もない。
要するにフィカールからナモラール(交際)に発展したら真剣交際というわけだ。
フィカール文化がある一方で、婚前交渉が禁止のキリスト教福音派信者も多いブラジルの恋愛事情はひとことでは言い表せない。
強いて言うなら、歳をとっても新たな恋を求め、普段からスキンシップを欠かさないところ、恋人自慢や惚気が大好きなところが日本と大きく異なるところかもしれない。
例えば、数年前に離婚した70歳の友人はマッチングアプリで新しい恋人をみつけ、恋人の日には2人そろった微笑ましい写真をSNSにアップしていた。
|恋人の日はいろんな意味で盛り上がる
このように、商業的な運動がきっかけで設けられたブラジルの恋人の日は、ロマンチックなことが大好きなブラジル人たちに受け入れられ、今ではプレゼント交換を越えた大イベントとなった。
この日は私のSNSのタイムラインも恋人同士の写真と愛の言葉で埋め尽くされる。
実はこれによって気になる人に恋人がいる・いないことが発覚するきっかけになる場合もあるのだ。
当日タイムラインを見ていたら、音楽院時代の友人の「今年も、僕の恋人はギターです」という投稿が、連なるカップル写真に紛れて現れた(彼はいい奴なのになかなか恋人ができない、いわゆる"いいひと止まり"の男とみんなに言われている)。
毎年恒例になりつつある彼の投稿にそっと「いいね」を押して、来年こそギターではなく素敵な恋人とうつる写真が見られるといいなと密かに願っている。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada