南米街角クラブ
放送20年!ブラジルのリアリティーショーが人気であり続ける理由
ブラジルのテレビ番組で最も人気があると言っても過言ではないビッグブラザーブラジル。
単語の頭文字をとってBBBと呼ばれている。(こちらでも以下BBBと表記する)
広告費が最も高額な番組と言われており、その視聴率がどれだけ高いかおわかり頂けるだろう。
番組は2002年にスタートし当初2008年までの放送予定だったが、テレビ局は2024年まで延長を発表した。
|大人気番組『ビッグブラザー』とは
ビッグブラザーというのは元々1999年にオランダで始まったリアリティショーである。
数十人の男女が外部から隔離された豪邸で共同生活をする。
毎回開催されるゲームで勝った者がリーダーとなり、ビッグブラザーハウスから立ち去って欲しい番組脱落候補者を一人を選ばなければならない。
更に、他の出演者の投票によって、もうニ人の脱落候補者を決定。
最終的に三人の脱落候補者の中から、視聴者のインターネット投票に脱落者が選ばれ、その様子は日曜日に生放送される。
2020年BBBでは視聴者からの投票数15億票という驚異の数字を記録した放送回がギネスブックに登録された。
最後まで残った一人の出演者が150万レアルの賞金を獲得するこができる。(現在のレートで3000万円以上)
番組出演オーディションに合格した参加者は、有名タレントやインフルエンサー、俳優志望、アーティスト、学生、スポーツ選手、医者、弁護士など様々。
賞金目当ての者から、有名になりたい者、ただ好奇心から参加する者と理由はそれぞれだが、番組に出演することで注目を浴びるのは間違いない。
実際に、ブラジルで最も有名な日系人タレントの一人であるサブリナ・サトウもBBB出身者だ。
昨年優勝したジュリエッチ(弁護士)も絶大な人気を博し、Instagramのフォロワー数は3300万人を突破、歌手デビューまで果たした。
|24時間視聴可能のハウスの中では
BBBは毎晩放送されるのだが、有料会員になればハウスの様子を24時間視聴することができる。
カメラはリビングやキッチンだけでなく、寝室、バスルームにまで設置されており、出演者は首飾り型のマイクを身に着けているため、どんな小さな声も全て録音されている。
前述したとおり、BBBに出演するのは20~30代の男女。
日頃からスキンシップが多いブラジル人同士、キスシーンやそれ以上のシーンも隠さず放送される。
色恋沙汰はもちろん、番組からカップルが誕生することもある。
もちろん、些細な喧嘩や、ライバルを脱落させるための裏切り行為、失言なども付き物だ。
それに伴いTwitterなどのソーシャルメディアでBBBは度々炎上を起こす。
ハッシュタグを使い出演者への賛同や批評を行ったり、中には中傷的なコメントをする人もいる。
また、脱落しないようにするため、"良い人"を演じるだけでは勝者になれない。
なぜならば、目立たないとファンが増えないからだ。
そのために、出演者はわざと注目を浴びるような際どい話題を振ったりする。
また、SNSのトレンドになるようなネタを作るために編集を施したり、今日のブラジルで重要な課題である"人種"、"社会格差"、"多様な性の形"を大々的に取り上げている。
そのため、私はBBBに全く興味がなかったが、先月起こった炎上をきっかけに、何が起こってるのか調べてみることにした。
|無意識のうちに使った言葉
それはとある日、出演者たちが昼食をとっていた際に起こった。
ブラジルでトラヴェスチと呼ばれる身体的性が男性で、性自認が女性であるリン・ダ・ケブラーダ(アーティスト)が、テーブルの反対側に座っていた出演者に「その唐辛子ソース取って!」とお願いした。
間に座っていたエスロヴェニア(モデル)はごく自然に「Para ele」と言い、ソースがリンに渡るのを手伝った。
このポルトガル語の"ele"というのは、"彼"という男性形の人称代名詞である。
リンはすぐに「Para ela!」(elaは女性形の人称代名詞)と、自分に対して女性形を使ってほしいという意味で言い返した。
別の日、リンは匿名メッセージボックス経由で「あなたはSolteiro(独身)ですか?知りたいって言っている人がいるの...笑」とメッセージを受信する。
ポルトガル語は名詞にも女性形と男性形があるため、Solteiroと-oで終わる場合は男性の独身者を表す。
本来なら、性自認が女性であるリンにはSolteiraと-aで終わる女性形を使うべきだった。
のちに、このメッセージはライース(医師)が送ったものと判明する。
エスロヴェニアもライースも、リンに対して男性形を使ったことに悪気はなかったと謝罪した。
リンは豊胸手術をしているし、ハウスに着いた時から女性形を使ってほしいという素振りを見せていたにも関わらず、彼女の生まれの性が男であるために、男性形を使った出演者二人に対して怒りの声が殺到。
ソーシャルメディアにて炎上が起こり、多くの人がリンに対して女性形の代名詞を使うべきだと発言した。
|リンの眉の上にあるタトゥーに込められた想い
後日、リンは出演者たちの前で自分の過去について話し始めた。
実は彼女の額、眉の上の部分に"ELA"と書かれたタトゥーが入っている。
これは、リンが自分の性が女性であることに気づき、女性の容姿になり始めた頃、母親がそれに慣れずに男性形であるeleと呼び続けていたことから、母親に間違えられないようにと"ELA"とタトゥーを入れたというエピソードを話した。
リンは同性愛やトランスジェンダー反対の宗教を信仰する家庭に育ち、自分の性が女性であることが家族に認めてもらえるまでに大変苦労している。
最後に「私は男性でも女性でもない。私はトラヴェスチ。」とスピーチを締めくくると、出演者の拍手を浴びた。
|見た目ではなく、自分がどの性で呼ばれたいのか
このポルトガル語の男性形/女性形の問題は、彼女だけに起こっていることではない。
ブラジルでは、リンのようなトラヴェスチだけでなく様々な性を名乗る人々が増えてきている。
若者の間ではSNSのプロフィール欄に"Ele/dele(彼/彼の)"、"Ela/dela(彼女/彼女の)"と、自分が呼ばれたい人称代名詞と所有形容詞を書く習慣もある。
これらの表示は身体的性と性自認が一致している人達にも使われており、そこには「あなたの希望する性で呼びます」、つまり、「全ての性を尊重します」という相手へのメッセージが込められているそうだ。
|ポルトガル語は男尊女卑?
前述したとおり、ポルトガル語には男性形と女性形があるのだが、どちらにも当てはまらないという人向けにインターネット上で新たな形が誕生しようとしている。
ポルトガル語が誕生した頃、アカデミーの世界に女性は存在しなかった。
例えば、「備えあれば患いなし」ということわざは、ポルトガル語では「Um homen prevenido vale por dois」と言われるのだが、ここで使われる"homen"は"人"という意味と同時に"男"という意味をもっている。
また、ポルトガル語には複数人のグループを指す時、そこに一人でも男性がいる場合は代名詞が男性形となる決まりがあるのだが、最近、新しい表記方法が非公式で使われるようになった。
言語の歴史と共に考えると、女性が男性と同じ社会的な権利を手にすることができたのは最近の話だということに気づくだろう。
そのため、男性に統一されたり、人=男という既成概念だったことに疑問を持ち始めた人々は、ポルトガル語のルールの改善を試みているのだ。
専門家は、言語と自身の性を混合してはいけないと話しているものの、著名人や企業のニュートラル言語の使用例は増えている。
しかし、ニュートラル言語は非常に多くの問題も巻き起こす。
まだ多くの人々が満足する教育を受けられる状態にないブラジルにて、正しいポルトガルを学ぶ妨げになるとみなされ、サンタ・カタリーナ州の学校ではニュートラル言語の使用禁止が発表された。
|ブラジルにおけるリアリティショーの在り方
BBBは一度見たら気になって目が離せない。
この出来事が起こった際にトラヴェスチを蔑視するような発言をしたホドリゴは次の回で脱落させられた。
また別の回では、混血の女性ナタリアは、良い雰囲気仲になっていたはずのルーカスが、パーティーで別の参加者とキスをしているのを目撃して取り乱し、番組を降板したいと泣きだした。
そのキスの相手が白人だったことから、「混血女性には性的関係を求め、白人女性には結婚を求める」という長い間混血や黒人系のブラジル人女性たちが訴えてきた問題が表向きになると、SNS上では同じような経験持つ女性同士が慰め合ったり、ナタリアの思い過ごしだと批判の声もあがった。
このように、挙げたらキリがないほど、BBBでの出来事は視聴者一人ひとりが普段感じている思いと重なり合う部分があるようだ。
様々な人種や社会階級から集められた出演者の間には、異なる価値観が生じるのは当たり前のことである。
熱い口論を交わした後、わかりあえることもある。
視聴者はそれに共感したり、勇気をもらったり、時には友人同士や家族間でのディスカッションのテーマになったりするのだ。
ブラジルのリアリティーショーは、ゴシップ好きなブラジル人たちがスキャンダルを観るためだけの場所ではなくなっている。
賞金を手にするための監禁サバイバル生活が土台だった番組はブラジルで変化を遂げた。
それが本国オランダで放送終了したにもかかわらず、この国で20年間番組が続いている秘訣なのかもしれない。
【注釈】 リン・ダ・ケブラーダは、「トラヴェスチとトランスジェンダーは異なる。」と他の出演者に説明している。 トラヴェスチの定義は身体的性は男性、性自認が女性だが性別適合手術はしないとされているが、近年は様々なケースがある。ここでは「トラヴェスチはブラジルにおけるアイデンティティの一つ」とリン本人が話した通り、原語のまま、トラヴェスチと表記した。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada