World Voice

南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

早世した国民的歌手Elis Reginaから受け継がれるものとは

|軍事政権と抑圧される表現の自由

Elisだけでなく当時多くの音楽家を悩ませたのは軍事政権下における芸術表現の制限であった。 逮捕、もしくはそれ以上の恐怖と隣り合わせで音楽を続けなければならず、亡命した芸術家も多い。プロテストソングは厳しく規制され、作詞家は比喩的にブラジル国民の自由や強さ、軍事政権への反感を書くようになる。
その代表作ともされるO Bêbado e a EquilibristaはElisによって歌われ、ブラジル音楽史上重要な曲の一つとなった。 Elis自身も軍事政権を批判するような発言をしていたが、軍の競技会でブラジル国家を歌うように圧力をかけられる。最終的に引き受けたことで左翼思想者から批判を受け、彼女は強く後悔し心に深い傷を負った。
プライベートでは数多くの恋愛、2度の結婚に3人の子供、家では掃除や洗濯を熟し仲間に手料理を作るような家庭的な人で、彼女を直接知る人は、口を揃えて「Elisは世間が思うPimentinha*とは違う。」と言っていた。Elisは攻撃的でありながらも人思いで、マリファナ所持で刑務所に収監されていたRita Leeを訪問し、出所するための手助けをしたのもElisだった。
*Pimentinha(小さな唐辛子)とはイパネマの娘の作詞を手掛けたVinicius de Moraesが彼女のつけたニックネーム

|Elis、最後の日

2人目の夫で音楽パートナーでもあったCesarと離婚してから、「歌を辞めてバーを開きたい。友人音楽家たちに演奏してもらって、そこでたまに歌えればいい。」と後ろ向きな話を漏らすようになったElisであったが、この頃の録音は彼女が残した記録の中でもずば抜けて生命力と破壊力に満ちたものだった。
社会の矛盾に対する憤慨だったのか、それとも大好きな歌を無心で歌いたいという一心だったのか。
1982年1月19日サンパウロの自宅、Elisは当時のパートナーで弁護士のSamuel MacDowellとの電話中に倒れた。突然の出来事に自殺、殺人の噂、のちに週刊誌Vejaが表紙に「Elis Regina コカインの悲劇」と題して発表したことが問題となる。
死因はアルコールとコカインの過剰摂取とされていたが、彼女は薬物を常習的に使用していなかった。そのため、使用量を間違えた事故死とも言われるが、いずれにしても36歳という若すぎる死だった。

Elisが亡くなる前、最後の舞台で歌ったTrem Azul - Lô Borges / Ronaldo Bastos

|Elisの魅力は時代をこえる

ラジオがテレビに代わり、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度成長と軍事政権という目まぐるしい変化の中で、Elisはいつも最前線で全力で歌っていた。そういった時代背景が人気に影響したこともあるが、私自身、音楽家としての視点でElisを見ても、彼女が偉大な歌手であることがわかる。
Elisは絶対音感とダンスパーティーで学んだパフォーマンス力、一流の器楽演奏家と多くの時間を過ごし、努力で常に自身の表現を進化させていた。名の知れない作曲家、作詞家、器楽演奏家を自分の目と耳で発掘し、アルバムの録音の際も常にスタジオに張り付いてアレンジやバンドの録音にも率先して意見していた。
曲によって声質やブラジルの地方訛りを使い分けたり、ポルトガル語以外のスペイン語や英語の歌も見事に歌い上げることができる。歌詞の解釈や理解、インスピレーションにも富んでおり、1人目の夫でジャーナリストのRonaldo Bôscoliは「彼女より賢い女性は見たことない。」と話している。何より、大変な努力家だった。
Elisの人気は、もしブラジルが波乱の時代でなかったとしても、その実力から確かなものだっただろう。

亡くなって39年経つ今でも、彼女の名前はブラジルポピュラー文化の保持として現れる。
3月28日、子供向けのミュージカル"Pimentinha - Elis Regina para Crianças"がスタートした。歌が大好きなのに内気なElisが初めて地元のラジオ番組のオーデイションを受け国民的歌手になるエピソードをMPBの名曲とともに描いている。4月の間、毎週末に有料ライヴ配信される。企画元のGrandes Músicos para Pequenosはこれまでにもブラジルを代表する音楽家を題材にした子供向けのミュージカルやビデオ配信を行っており、今回のプロジェクトはパンデミック中の芸術支援であるAldir Blanc法やリオデジャネイロ州政府などがスポンサーとなって実現した。

軍事政権の終わりを見ることなく亡くなったElisが、芸術における表現の自由が許される今の時代に生きていたらどんな歌を歌っていただろうか。
声一つ、体一つで歌と向き合い続けた彼女の声を受け継ぐことは、ブラジリダージ溢れるMPBの再評価、そしてブラジルが辿った軍事政権という歴史を見つめ直す大切な機会となるだろう。

【今日の1曲】
軍事政権下を象徴する曲となったO Bêbado e a EquilibristaはElis自身の代表曲ともなった

【参考】
- Elis Uma Biografia Musical Por Arthur de Faria
- Uma História da Música Popular Brasileira / Jairo Severiano

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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