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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

私の目の前で起こっているペルーの貧困問題

ペルーの山岳地帯では今も伝統的な先住民の衣装が日常的に着られている Photo by iStock

ペルーの国境封鎖によりブラジルに戻れなくなってから235日、先日ようやく自分の家に戻ることができた。
少し大袈裟のように思われるかもしれないが、ペルーから出国するのは本当に困難だった。

緊急事態宣言が発令されてから28時間後の国境閉鎖はあまりにも突然だった。
私が持っていたブラジル行きの復路チケットは当然キャンセルになり、いつ使えるのかわからないバウチャーとなって届く。
ブラジル政府はペルーに取り残されたブラジル国籍所有者もしくはブラジル居住登録者のために、4月より帰国用のチャーター便を無料で用意した。パンデミックにより事情が変わった人や、無料という機会を利用してブラジルへ帰国したい人が殺到し、チャーター便は常に順番待ち状態であった。
8月からは有料となったにも関わらず、ブラジル大使館のfacebookページには帰国を希望する多くのコメントが寄せられ、ブラジルの大手ニュースサイトにも取り上げられた。
同時に国内の移動制限もあったため、帰宅困難者が隠れて貨物用トラックで移動したり、何百キロも離れた家まで徒歩で帰宅しようとする人達も現れた。

ペルーの新型コロナウイルス感染者が増え始めたのは4月半ば頃だった。
度重なる緊急事態宣言延長の発表がある度に、水面下では人が動き始めていたのである。
私は首都リマの中でも比較的商業的な地域に滞在していたため、規定を守らないお店や路上販売、飲食店の営業は禁止されているにも関わらず得意客向けに配達を行っていた中華料理店などを実際にみた。
びっくりするかもしれないが、コロナウイルスの陽性証明または陰性証明を"販売"しているという話も聞いた。
友人の友人は、就労するための陰性証明書が急ぎで必要になった際、他の人の証明書の名前を変更して利用したそうだ。残念ながらこういったことが当たり前のように行われている。
SNS上で集められた人を対象に違法営業していたナイトクラブが摘発された際、警察から逃げようと一気に出口に押し寄せ、13人が圧迫死する事件も起こった。このクラブは私の滞在先から車で数分離れた場所だった。

経済的な理由で大家族で一つの家に暮らす人々
常に新鮮な食材を買う独自の習慣や、冷蔵庫がない理由から毎日買い物に出かける人々
家族や親戚間の集まりは多めにみる人々
何の保証もない日々を生きる人々

数多くの理由が重なり、ペルーの感染者は南米でブラジルに次ぐ2番目、また死亡率は南米最悪となった。感染者数は8月にピークを迎え、9月頃より減少傾向になったが、医療体制が整わず、国境再開も予想より大幅に遅れた。

しかし、ペルーが抱える大きな課題、貧困問題はパンデミック中に起こったものではない。
一部の人を対象に、政府から一時的な給付金は支給されたが、厳しい生活を送ることには変わりがない。
ペルーでは就業者の66パーセントが非正規雇用である。
食堂や流しのタクシーが安価で利用できるのはこうした理由からだ。
驚くことに住民の38パーセントしか銀行口座を所持していない。理由として銀行口座を持つほどの収入がないことが挙げられている。

未だに植民地時代の名残が残り、一部の人が莫大な富を手にするシステムが出来上がっているのが日常生活からはっきりと感じられる。
例えば、市場や小さい商店で非常に興味深いものをみつけた。
それは小袋に入った使い切りシャンプーや1回分の洗剤、柔軟剤で、その他にもトイレットペーパー1ロールや生理用ナプキンも1枚単位で販売されている。
疑問に思った私は、何人かの友人に聞いてみた所、「ペルー人は出先や親戚もしくは友人の家でシャワーを浴びたり服を洗ったりすることがあるからだよ。」という話す人もいれば、「シャンプー1本、トイレットペーパーの12ロール入りパックは大きな出費になるため、使用する分だけを購入するという習慣が未だに残っている。」と教えてくれる人もいた。確かに、中流階級が利用するような大手スーパーマーケットやチェーン店の薬局ではこういった小分けの衛生用品は売られていない。

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市場で売られる使い切りのシャンプーや洗剤、コーヒーや調味料もある (2020/08/24 Photo by Aika Shimada)

特に山岳地帯に住む人々の貧困率が非常に高く、首都リマへ仕事を求めてやってきた人々が暮らすコミュニティと、海岸沿いの高級住宅地はまるで別世界だ。
近年はベネズエラから移住する人も多く、リマ市内ではベネズエラ国旗を掲げた人たちが公共の場を清掃しながら援助を求めているのをよく見かける。
リマに続くペルー第二の都市であるアレキパでも、子供たちがまるでゲームをするかのように、街ゆく人を追いかけながらチョコレートを売っていた。


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橋を清掃し経済的な援助を求めるベネズエラ人たち (2020/09/17 Photo by Aika Shimada)

大通りから一本外れた道では、マッチを売るおばあさんをみつけた。
アレキパの標高は2,335 m、昼間の日差しは皮膚が焼けるようだ。ペルー人の友人たちが日差しを嫌う理由がわかった。
そんな強い日差しの中で、おばあさんは長い黒髪を三つ編みにし、山高帽子をかぶり、先住民から受け継いだ刺繡入りのスカートを履いて毎日同じ場所に立っている。
日本に生まれた私には、"マッチ売り"というのは童話の中の話だと思い込んでいた。
実際にこれまで一度もマッチを売る人をみた事がなかったので、正直驚いてしまった。
おばあさんは右手に持ったマッチ箱を時々振って音を立てるが、それ以外は地蔵のようにじーっと佇んでいた。

11月に入り、長い間閉ざされていた国境が再開され、私もようやくブラジルに戻る目途が経つ。
ブラジルに住むペルー人の友人から頼まれた食材土産を買い出しに行った帰り、いつもと同じ場所にお馴染みの山高帽子に刺繍スカートのおばあさんをみた。
私は一度前を通り過ぎた後、おばあさんからマッチを買おうと引き返した。
おばあさんは、しわしわの手の上にマッチを載せて、アルコールスプレーをひと吹きしてから私に渡す。
近くで声を聞いたとき、私が思っていたよりも実際はもっと若いような気がした。

マッチを手にして、 やりきれない気持ちになった。
おばあさんの売り上げに少しでも貢献したいという気持ちだったのに、実際のところおばあさんの生活は何も変わらない。

翌日、チリ経由でブラジルに入国した。
チリは入国時に入念な問診があったようだが(乗り継ぎのため実際はチリに入国はしていない)、ブラジル入国審査は何事もないかのように一瞬で終わった。
サンパウロの国際空港には思ったよりも賑やかで、暇そうにしている空港スタッフ4、5人が輪になって世間話をしている。
それを見てブラジルに戻ったんだと実感した。

その2日後、リマに住む友人から 「良いタイミングでペルーを出国したね。できることなら私も別の国で暮らしたいよ。」 とメッセージが届く。
この日、ビスカラ大統領が州知事時代の汚職疑惑により、議会にて罷免が可決され、ペルーは事実上大統領不在となった。

ビスカラ氏は贈収賄疑惑で辞任したクチンスキ氏の代わりに大統領になり、新型コロナウイルスによる国の対策では人命を最優先し、高い支持率を得ていた。 緊急事態宣言以降、毎日のようにテレビで感染状況や政策を国民に向けて発信する姿は確かに堅実に見え、友人も熱烈なビスカラファンだった。
そんなビスカラ氏の罷免が決定し、国民の怒りは議会へ向けられる。
各都市でデモが行われ、マスクは使用しているものの、多くの人が集結している様子をニュースでみて唖然とした。
ペルーの歴代大統領は安定せず、それぞれ刑務所にて服役中、自宅拘禁、亡命、自殺など悲惨な結末を迎えている。
中でも25年の禁錮刑を受けたフジモリ氏に関しては、私が日本人であることもあり、殆どのペルー人がその話題を出して、「まったくペルーの政界には呆れるよ。日本のような先進国の政界には汚職はないんでしょ?」と平然と質問してくるので、いつも返す言葉を失ってしまう。(こういうことを言われるのは外国に住む日本人の宿命である)

ペルーの貧困問題を改良するためには、前述したとおり、非正規雇用の労働者を正規雇用とする政策が必要だが、肝心な政府は汚職まみれで国民の不信を買うばかりだ。
今回の滞在で、本来の目的であった音楽プロジェクトの任務遂行は果たせなかったものの、ペルーの現状を自分の目でみて、肌に感じた貴重な11ヶ月間だった。
多くの時間は家の中で過ごしたが、外を歩くたびに、ペルーの人たちの底力には圧倒された。
意外とシャイだが、仲良くなると人情厚く、そして非常に働き者な彼らから、学んだことは沢山ある。

【今日の1枚】
Contigo Peruに続くペルー賛歌の1つ。ペルーの良さを詰め込んだワルツ。山岳地帯で聞かれるフォルクローレよりも、首都リマで多く聞かれるクリオージャ音楽が、全国区のニュースやペルーを代表するシーンで使われることが多い。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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