南米街角クラブ
パンデミックと音楽家たち
パンデミックで影響を受けた世界中の音楽家は、今どんな生活をしているのだろう。
ペルーとブラジルも、3月中に緊急事態宣言が出されてから既に半年が過ぎようとしている。
私の場合、3月15日以降の全ての公演と、在ペルーブラジル大使館にて行うはずだったブラジル音楽講座の機会を失った。 音楽教室でのレッスンや、地方で予定していたワークショップもキャンセルである。
もちろんだが、これは私だけに言えることではない。
初めのうちは、誰もこのパンデミックが長く続くとは思ってもいなかっただろう。
空いた時間を練習に励みながら元の生活に戻れることを祈っていたが、南米の感染者が爆発的に増えるにつれて今後の生活に対する不安が増していった。音楽以外の仕事を始めざるを得なくなった人もいる。
そこで音楽家たちはソーシャルネットワークサービスをより活発的に利用し始める。
パンデミックが起こる前からSNS上での音楽活動は注目されており、現在ではYoutubeや配信型アプリなどで生計を立てられる程の人も存在する。
特にブラジルの若い音楽家たちは普段からSNSをよく利用しているが、どちらかというと宣伝的な要素よりも自己表現やプライベート的な投稿が多い傾向にあった。
しかし緊急事態宣言が2週間、1ヶ月と延長されるうちに、SNSは一気にオンラインレッスンや録音など、自宅でできる仕事を募集するような投稿が増えていく。
音楽的な実力に加え、ビデオや写真の質やセンスなど見た目の美しさも重視されるSNS世界では、我々が覚えなければならないことが倍に増えた。より良い撮影、録音のために機材を調達しなければならなくなった人も多いだろう。
更には、知名度を上げるために流行りの曲のカヴァーや替え歌でフォロワーを増やす人も少なくない。FacebookやInstagram等の有料広告を使うこともある。
収入がなくなることも辛いが、誰かと一緒に演奏する喜びや、それを披露することができないのも我々にとっては辛いことだ。
そんな寂しさを埋めるべく、各自宅で撮影したビデオを編集したリモート式の合奏ビデオが投稿が話題になり、私もスマートフォンを使って沢山のビデオを撮影した。
その中でも、ブラジルの大衆音楽であるショーロを仲間と演奏したビデオが出来上がった時は懐かしい気持ちで涙が出そうになった。 このビデオにはブラジルだけでなく、チリやメキシコに帰国した同志も参加している。
外出規制が緩和されてからは、少人数の演奏者と撮影配信スタッフだけで行う無観客のコンサート配信も増え始めた。
事前に視聴料を払う有料配信以外にも、スマートフォンでバーコードをスキャンして投げ銭できるシステムの配信もある。また、これまでSNS上に姿を現さなかった人気音楽家が次々に配信を開始し、視聴するだけでなくメッセージを送ったりと気軽にやりとりができるようにもなったのは嬉しいことだ。
ブラジルではfimucaという完全オンラインの音楽フェスティバルも開かれた。これはリオグランジドノルチ州の大学が主催したもので、参加費は無料、インターネット環境さえあれば世界のどこからでも参加できる。
物理的な距離が理由でこれまで好きな音楽に関わることができなかった人にとっては、画期的になったものである。 一方で、著作権や、配信に対する無料と有料の線引きも難しくなっていることも懸念される。
日本では文化庁が文化芸術活動の継続支援事業を開始したが、ブラジルでも6月29日付でパンデミックにより収入を失った文化芸術事業者を対象に緊急支援を行う法律が可決され、300億レアル(1レアル18.9円換算で約570億円)が各州の地方自治体、および地区を通して支援されることになった。
過去2年間の芸術活動を証明できるフリーランスの事業者に対して月600レアルの他、芸術団体や施設、プロジェクト提出による支援も含まれる。 もちろん音楽だけでなく、伝統的な文化であるカポエイラの教室や美術、文学、ダンス、映画、サーカス団体など幅広い分野で活動する人たちが対象だ。
この法律は5月4日に新型コロナウイルスで亡くなった詩人で作曲家のAldir Blancへの哀悼の意を捧げ"Lei Aldir Blanc"と呼ばれる。
ブラジル北部のオーケストラで活動する友人によると、今月からリハーサルが開始されたが、観客を動員してのコンサートの再開は未定だそうだ。
パンデミックによって、また違った音楽との関わり方が生まれ、選択肢が増えたのは良いことかもしれない。
しかし、いくらテクノロジーが発達しても、音楽による空気の振動は同じ空間にいる人にしか伝わらないのである。
まだ暫く生演奏を届けられるには時間がかかりそうだが、その日が心から待ち遠しい。
【今日の1曲】 Aldir Blancが長年の音楽パートナーであるJoão Boscoと共に生み出した名曲。ブラジルが誇る歌手Elis Reginaによって録音されたバージョンが特に有名になった。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada