南米街角クラブ
楽譜に書けないクスコの音楽たち
私を招聘してくれたリマの音楽教室も、国家緊急事態宣言により休校となって既に5ヶ月が経った。
教室の再開はまだ先になりそうで、社長はがらんとしたレッスン室の一部をオフィスとして貸し出すことにした。
そこにやってきた男性は、不動産関係の仕事をしているが、音楽が好きなようで、ビル内の防音スタジオでギター弾いているのを度々みかけた。なかなかの腕前だ。
キッチンで顔を合わせたとき、意外なお願いをされた。
「昨日、ピアノを弾いていたよね?レッスンしてもらえないかな。」
私が少し驚いた顔をしたからか、こんな風に説明された。
「ギターは全部独学でね。耳で音を探りながら覚えたんだ。でもちゃんと楽譜を読めるようになりたくて。」
私は5歳の頃にピアノを習い始め、何よりも最初に覚えたのは楽譜を読むことだったので、南米では楽器が上手いのに楽譜が読めないという人が多いことに未だ驚かされる。
日本では、音楽教室に通わなくても、小中学校に音楽の授業があり、歌だけでなくリコーダーや鍵盤ハーモニカなどを覚える機会がある。
ブラジルやペルーは、一部の学校を除いて音楽の授業がない場合が殆どである。
ペルーの公立学校は鼓笛隊の練習があり、行進曲の演奏のために楽譜を読む程度の指導はあるようだが、授業の一環として世界の名曲を演奏したり聴いたりすることはない。
音楽に興味を持つ子供たちは、地元のお祭りで演奏するような地域団体や教会で楽器を始める。
専門的に習いたい場合は音楽教室に通うことになるが、地方の場合はその機会も少ない。
アカデミックな音楽教育を受けられるのは、ごく一部の限られた人だけである。
そういった状況で楽器を始め、もっと専門的に学びたいというペルーの人たちはどこへ向かうのか。
リマにはレベルの高いクラシックの公立音楽院があるが、入試の倍率が非常に高い。
ポピュラー音楽に関してはここ数年で大学にも専門コースが設置されたが、それでも今も多くのペルー人たちがブラジルなど他国の音楽院に留学している。そのため、私の通った音楽院にはペルーからの留学生が多いのだ。
私がサンパウロの音楽院に通っている頃、同じサックス科のペルー人留学生に、サンパウロ市内で開催されるクスコのお祭りで一緒に演奏してくれないかと誘われた。
クスコとはインカ帝国時代の首都で、その街並みが世界遺産になるほど、ペルーの伝統的な文化が強く残る街である。
お祭り好きの私は快諾した。
お祭りの一週間前になっても何を演奏するのか聞かされていなかった。(こういうことはしょっちゅあるので驚かないが)
念のためメッセージを送ると、
「クスコの踊りの音楽だよ!楽譜がないから今書いてるところ。6曲あるけど、短いから大丈夫。あ!パレードで演奏するから当日は暗譜でよろしくね!」
とのこと。
結局、楽譜が手元に届いたのは2日前の夜で、一緒に参加するチリ人の友人と前日に練習し、当日はバスの中でひたすら暗譜に励んだのだった。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada