パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
成人しても両親と暮らす若者の増加をどう説明するか? フランスのタンギー現象
フランスでは成人(18歳)しても両親と暮らし続ける若者を「タンギー」と呼び、いつまでも両親と同居しつづける若者増加の問題は「タンギー現象」と名付けられています。この「タンギー現象」の名前の由来は、2001年に発表されたエティエンヌ・シャティリエの同名の映画「タンギー」から名付けられているもので、同映画は、30歳近くになっても主人公の男性「タンギー」が悠々と両親の豪華なアパートで両親との波乱に満ちた生活を送る様子を描いているコメディ映画です。この映画の中では、息子に対して愛情を抱きつつも、母親はカウンセリングに通いながら葛藤を続けています。映画の中に出てくるタンギーの彼女がどうやら日本人の女性で、この女性ですら、彼が両親と同居を続けていることに疑問を感じている様子が描かれていることにも、皮肉が込められている感じもします。この映画に出てくるタンギーはいわゆる日本でもよく聞くパラサイトシングルのような若者ではありますが、現在では、いつまでも両親のもとから独立しない若者の総称のように使われています。
2,000年ベビーブームの世代の住宅問題
今月半ばに発表されたアベ・ピエール財団の報告によると、親と暮らす若者の数は10年間増加し続けていると言います。これは、2,000年のベビーブームの世代が成人を迎えつつあるタイミングでの公営住宅不足が一因となっていると言われています。公営住宅は、回転が悪く、収入等の規制もありながら、収入規制を超えていても、そのまま居すわっているケースも多く、つい最近もこの公営住宅の収入規制の強化などが議会に提案されていました。もはや、現在は映画「タンギー」で描かれていたパラサイトシングルの問題以上に問題はより深刻化しているということです。
彼らによれば、この問題(タンギー現象)の根源は住宅危機にあるとしており、教育施設が実家に近いことや、高騰する家賃を支払える収入がないこと、公営住宅が不足しており、これらの若者が自立して生活することができないためと説明しています。ただし、この調査には、学生も含まれており、成人とはいえ学生ならば仕方ないではないか?と思ってしまう私のような日本人とは違って、学生でさえも、成人したら親元から独立するのが当然であるという考え方が基本的にあるということが言えると思います。
また、この財団の報告によると、この「タンギー現象」は、より男性に多くみられる現象で、この映画の「タンギー」に男性のファーストネームが選択されたのは、偶然ではないとし、若い女性よりも若い男性の方が両親と同居し続けるケースが多く、女性210万人に比べて、280万人の男性が両親との同居を続けており、この差は2013年以降拡大し続けており、女性が5万人近く増加しているのに対して、男性は20万人も増加していることを明記していることは興味深いところです。
大人になるということ
彼らは、収入が不安定な若者を対象とした公営住宅政策の欠如を非難しており、大多数の若者が住む大都市での家賃規制を求めており、過度の値上げを抑えるための価格の上限を設けることを一定の地域で進めており、これがフランス全土に拡大していくことを奨励しています。たとえ学生とはいえ、親元から離れないという状況が長引けば長引くほど、彼らが学生ではなくなり、働き始めた場合に彼らの自主性、独立心に大きな障害となると強調しています。つまり、なあなあでそのままの状態が続いてしまうことを懸念し、実際にその結果が顕著に表れ始めていることを示しています。
この「タンギー」という映画はコメディ映画ではあるものの、この時点ですでに、ある種の社会現象のようなものを示唆しており、「大人になる」という意味が変わりつつあるということを描いており、決定的に大人になるということの意味が変化していると、ある社会学者が述べています。
これは、社会的自立がより困難になっていること、世代間の対立が少ないこと、子どもも親もできるだけ長く若くありたいと思っている社会情勢を反映していると言います。「大人という位置づけが変わりつつあり、決定的に大人になるという考えにはもはや意味はなく、今日、あなたは大人になっても両親と一緒にいることができるし、両親の元に戻って再び若者になることもできる」と説明しています。
1970年~1990年頃までは、成人しても両親とともに生活し続けることは、「怠惰」の代名詞として眉をひそめられることでしたが、様々な外的要因もあいまって、現在は、その価値観は変化しつつあるようです。
個人的にはフランスは、ある程度の年齢になれば、親から独立していくのは当然のことと考えられているという印象を持っていましたが、それが変化しつつあり、その変化は食い止める必要があると警鐘が鳴らされているにもかかわらず、この親から独立しない若者が増え続けているということに、ちょっと驚いています。
たしかに経済的な問題も大きく関与しているのも事実です。しかし、この一見、親と同居し続け、依存関係を続けていくことは安易な生活を確保できるかに思われがちではありますが、長い目で見れば、決して健全なことではありません。この現象が拡大し始めた当初には、親や子どもにとって、決して罪悪感が少なくはなかったと思われる現象がどんどん増大していく背景には、その言い訳にあたる理由が増え、しまいにはそれを正当化する手段に繋がっているうちに、そこから抜け出せなくなるという未来が待ち受けています。
タンギー現象の例に必ず挙げられる日本のパラサイトシングル問題
異なる文化の中で起こっている事象とはいえ、タンギー現象が語られるとき、必ずといっていいくらい挙げられるのが日本のパラサイトシングル問題、最近で言うところの子供部屋おじさん問題などです。日本でのパラサイトシングル問題は、両親の快適さを求めるため、あるいは逆の意味では、いつまでも親に寄生する子どもが親の年金をあてにして実家に暮らし続けた後に親の没後に生活保護を受けるなどの非常に厳しい事例が紹介されています。
要は今、フランスの若者が成人しても両親と同居し続けている問題も、これに対して政府がなんとか早く手を打たないと若者はいつまでも若者ではなく、いつか、歳をとっておじさんになっていき、日本のようになってしまうぞ!という警鐘を鳴らしているわけです。日本人の私としては、目を塞ぎたくなるような例えに挙げられているわけですが、事実なので仕方ありません。
フランスの場合は、おそらく若者が学生(成人)の立場で独立する場合に政府が支援してくれる部分は(フランス国内では充分ではないために若者が独立しなくなっていると非難されていますが・・)制度として、きちんと存在しています。現に我が家などは、夫が早逝してしまったために長い期間、母子家庭で子育てをしてきましたが、娘が高等教育機関に進学する際の学費や住宅費など、かなりの部分を政府の援助により助けられてきました。文化や習慣の違いもあり、日本と一概に比較することもできませんが、こうして逆に見てみると、高齢化が進む日本社会の中での日本での若者への支援がどれだけ不充分かを思い知らされる気がします。また、子どもが独立するタイミングとしては、成人、進学、就職、結婚などがあると思われますが、成人年齢は引き下げられているものの、学生である期間の長期化や住宅事情、晩婚化あるいは未婚化などにより、親から独立していくタイミングが削がれているようにも思います。本当の意味で大人になることという意味が問われている気もします。
フランスでは、この「タンギー現象」にある種のペナルティのような事例も挙げられており、RSA(社会保障)が減額されたり、長期的には、相続への影響、相続人が複数人いる場合、子どもの一人が何年も何も支払わずに親と同居していた場合に、これは、「扶養義務の範囲外」の現物給付、偽装寄付と見なされる可能性があり、他の相続人が裁判で両親がその子(両親と同居し続けてきた子ども)のために支払った金額の払い戻しを請求することができるとしています。
こういった事象を見ていると、子育ては子どもが独立していくまで続いているもので、親の側からも子どもに独立を促し、子どもも成人すれば家から独立していくことがより健全なことなのだと思うのです。
著者プロフィール
- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
Twitter:@OoieR