World Voice

アルゼンチンと、タンゴな人々

西原なつき|アルゼンチン

侵入者はどっち?カピバラ大繁殖事件から見えるアルゼンチンの社会格差問題

ノルデルタとはどんなところなのか

この議論の舞台となった地区、「ノルデルタ」は、首都ブエノスアイレスの郊外に位置する、プライベートタウン(Barrio privado)と呼ばれる別荘地のうちのひとつです。
1999年から郊外に数々と作られた富裕層向けの町で、合計23の地区から成っており、現在は大企業の経営者や芸術家、スポーツ選手など、高収入を得られる人たちをはじめとする約45.000人が暮らしています。
このような別荘地は、国内の治安悪化も伴って開発され続けました。町の入り口には厳重なセキュリティが置かれており、中に住む住民からの招待や許可なしでは立ち入ることができません。完全に閉ざされた町で、その数は国内に1,000を超えます。
特にこのノルデルタはその中でも最も高級な町のうちのひとつに数えられ、学校や病院、商業施設なども十分に配置され、この街の中だけで生活ができるようになっています。
「大富豪のために作られた楽園の象徴」であり、これについては、社会階級で街を分断させ、さらには鍵を付けて仕切っていいのか?と疑問視する声も上がっています。

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(Photo :ノルデルタ地区公式HPより https://www.nordelta.com/nordelta-hoy/ )



発端は、まだ記憶に新しい2017年の出来事。
このノルデルタ地区に住む女性の、とあるボイスメッセージが流出しました。その内容は、この町に家事手伝いなどで雇われて働きに来ている人たちに対し、
この町の中に、見てくれの良くない地域から来た人がいる。私は美的な価値観を持っているので、美しい場所で休みたい
と差別・軽蔑したものでした。さらには誰もが愛し大事にしている文化・国民的習慣である「マテ茶の回し飲み」を侮辱するなど、数々の言葉全てにおいて一般的な国民感情を大いに刺激したのです。
当時この5分間のボイスメッセージは瞬く間にSNS上で様々な形で拡散され大炎上。「ノルデルタの金持ち(Cheta de Nordelta)」というフレーズで、この町の住人のイメージを定着させたのです。


それから約1年後。またこのノルデルタで、町の住民たちと同じバスに乗ることを許されなかった家事手伝いの女性が撮影したビデオが拡散されました。こちらは具体的な差別行為として問題となり、彼女たちによる抗議運動に至りました。
これがきっかけとなり、約4か月後、初めてこの地区で働く人々の為に、ノルデルタ地区の内と外を繋ぐ公共バス路線が開通したのです。この国の公共バスは24時間国内の至るところを走る国民の足、安価な交通機関。この最初のバスには家事手伝いや保守作業員などの労働者約50人が乗り込み、国民にとっても大きなニュースとなりました。
しかし、「閉ざされた町であること」を条件にこの地区に家を購入した人々たちにとっては、安全性の侵害を訴えることとなり、住民間での溝が生まれる結果にもなりました。
拡散されたビデオの真相はわかりませんが、そういった差別がこの閉ざされたコミュニティの中には充満しており、こうした形で柵の外に漏れだした、ということは容易に想像がつきます。


アルゼンチンでは「Grieta」という言葉を様々な場面で見かけます。「亀裂」や「分断」という意味で使われますが、例えば、「右派vs左派」、「(サッカーチームの)ボカvsリーベル」、「(歴代大統領の)マクリ派vsクリスティーナ派」など・・・。何かと敵対して睨み合ったり、小さな子供の喧嘩のようなものから、時には大きな事件にまで発展したり、お互いを侮蔑し合うような事がよく起きるのはアルゼンチン人の特徴とも思うのですが、まさにこの騒動も「Grieta」を生んでいます。

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(Photo: istock/ SunnyVMD)


この社会階級による「亀裂」はスポーツにも顕著に表れています。
アルゼンチンと言えばサッカーのイメージが大きいと思いますが、サッカーはまさに国民皆から愛され、誰もが楽しめるスポーツです。
その他には、オリンピックではアルゼンチンのラグビーチームが銅メダルを取ったり、テニス界にはアルゼンチン人プレイヤーのデルポトロなど有名選手も輩出していますが、活躍があっても国内ではたいして盛り上がりません。この2つの競技はサッカーと比較して「国民皆から支持されているスポーツ」ではないように思います。
というのも、このラグビーやテニスなどのスポーツは、「お金持ちのスポーツ」という認識で、これらを楽しんだり学ぶことが出来るのは富裕層の家庭の子供たちだけに許されることなのです。
あれだけサッカーには熱くなるのに、この冷めっぷりは何故?と不思議に思っていたのですが、この背景を知ってなるほど、と納得してしまいました。


アルゼンチン映画には、この国の人々の核心を突く社会格差問題を取り扱った作品も数多くあります。例えば、2010年のアルゼンチン・アカデミー賞で6部門(作品・監督・主演男優・脚本・音楽・新人男優)を受賞した「ル・コルビュジエの家」(監督・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン、脚本:アンドレス・ドゥプラット)などでも、これらアルゼンチンにおいて目をそらしたくなるような問題がブラックユーモアたっぷりに描かれています。

(日本からだとアマゾンプライムなどから見ることが出来るようです。)

Profile

著者プロフィール
西原なつき

バンドネオン奏者。"悪魔の楽器"と呼ばれるその独特の音色に、雷に打たれたような衝撃を受け22歳で楽器を始める。2年後の2014年よりブエノスアイレス在住。同市立タンゴ学校オーケストラを卒業後、タンゴショーや様々なプロジェクトでの演奏、また作編曲家としても活動する。現地でも珍しいバンドネオン弾き語りにも挑戦するなど、アルゼンチンタンゴの真髄に近づくべく、修行中。

Webサイト:Mi bandoneon y yo

Instagram :@natsuki_nishihara

Twitter:@bandoneona

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