World Voice

その日、或る移民が思うアメリカ

中島恒久|アメリカ

アメリカ人に帰化するという事と日本国籍を喪失すると言う事 其の一

私は偶然にもアメリカの永住権が当たり渡米したのですが、移住から8年後の2012年に市民権を取得しました。 平均的な年数からの市民権申請と言えますね。多くの日本人と同様に生まれてからずっと自分が日本人であるという事に疑問を持っていなかった私が市民権を取った理由は2つありました。

1. 国籍が変わるという体験を経て、自分のアイデンティティにどういう変化が起きるのか興味があった
2. アメリカと自分が住んでいる地域に市民として参加、貢献したいと思った

どちらも理由としては大きかったんですが、人生において国籍を変える機会というのはなかなか無いですよね。当然それに伴ってデメリットもあるかもしれないんですが、一度しか無い人生ですから試せることは試してみたいという思いが非常に強くありました。そして2番ですが、アメリカ移住後に色々な事があってホームレス直前まで落ち、アメリカ社会の底辺近くまで行きました。そんな自分がアメリカ人の部下を使いながら、アメリカの社会で仕事をしながら、何かしらは社会に貢献しているという自負が沸いてきていた時期でもあったんです。苦労もしたけど、チャンスもくれたのがアメリカでした。そういう思いもあって市民として選挙権も行使して、積極的に社会に参加したいと思ったのでした。

市民権の申請から宣誓式までは本当にスムーズで3,4か月くらいでした。指紋採取も面接もスムーズに行き、あっという間にオークランドで行われた宣誓式を迎えました。前日の夜に流石に色々な思いが渦巻いてきて「本当に良いのか?」「自分が自分で無くなってしまうのでは?」「二度と日本に入れなくなったらどうしよう?」などと悩み始めたのですが、翌朝にはちゃんと会場に向かいました。入り口でグリーンカードを没収され、指定された席に座りオバマ大統領(当時)のビデオメッセージを見たり、役所の人の話を聞き、その後会場にいる皆の出身国が読み上げられてから宣誓に。全てが終わると帰化証明書が手渡され、会場を出ると出張郵便局がパスポートの申請を受け付けている、とそんな感じでした。アメリカらしくセレモニーは盛り上がるけど、さっぱりあっさりと終わる感じでした。

宣誓式の様子(2019年のラスベガスでの宣誓式ですが、最初から最後まで見る事が出来ます)

帰化してからしばらくの間、レストランやいろんな場所で「Citizenになったんだよ」と言っていました。それを聞いた皆が必ず「Congratulations!」と祝ってくれるのが嬉しくて面白くて(笑)

さて、アメリカ人になって私のアイデンティティに変化は生じたでしょうか?結果は、私は私であり、日本人であるという意識は変わりませんでした。民族、血族といったアイデンティティはそのままで、国籍という自分の所属が日本からアメリカに変わったという意外なほどに淡白なものでした。それまでも永住権を持っていましたから、就職するにも生活するにも何も不便はありませんでした。市民になって何が変わったかと言えば、この国に対しての当事者意識が強く芽生えてきた事だと思います。生まれつき持っていたものでは無く、自分の意志で選択した国籍ですから何事も他人事と思える訳もなく。この感覚は日本人であった時よりも、時に必要以上に強く重いものであったりします。

さて、次回は日本国籍の喪失手続きと、コロナ禍における元日本人のアメリカ人が日本に入国するために必要なビザの手続きについて書きたいと思います。



 

Profile

著者プロフィール
中島恒久

海外経験ゼロからアメリカ永住権の抽選に応募して一発当選。2004年、25歳の時にアメリカ移住。ジャズベーシストとしての活動の傍ら、寿司屋の下働き、起業、スタートアップ企業、刃物研ぎなどの仕事を転々とした結果ホームレスになりかける。現在は日系IT企業の米国法人にてCOO。サンフランシスコ在住の日系アメリカ人の一世。

Twitter: @carlostsune

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

Ranking

アクセスランキング

Twitter

ツイッター

Facebook

フェイスブック

Topics

お知らせ