World Voice

シアトル発 マインドフルネス・ライフ

長野弘子|アメリカ

森氏の発言に端を発したオリンピック騒動を、アメリカから見て思うこと

(出典) BBC News (https://www.bbc.com/news/world-asia-56109579?piano-header)

 森喜朗氏の「女性蔑視」発言から端を発した抗議運動は、森氏の東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長職辞任、そしてその後任として橋本聖子参議院議員が選出されたことで、いったん落ち着いたかに見えた。新会長として女性を起用したのはよかったが、その橋本氏もまた、2014年のソチ五輪閉会式後のパーティーで、フィギュアスケート選手の高橋大輔氏にキスを強要したというセクハラ疑惑で大きな非難を浴びた人物だったので、メディアは飛びついた。世界でも、BBCニュースロイター通信USAトゥデー紙ほか、多くのメディアで報道された。

 アメリカ人の友人にもこの件についてどう思うか尋ねてみたが、意外にもセクハラ疑惑に関してよりも「女性というだけの理由で会長職に採用されたんじゃない?」、「日本の女性にはもっと頑張ってほしいわ」、「それよりもオリンピックの開催は無理じゃないか」というような意見が多かった。

 橋本氏のセクハラ疑惑を報道したCBSニュースの動画でも、コメント欄には「女性をトップに置いて責任を押し付ける、男社会のいつものやり方ね(The usual boys club trowing women in leadership under the bus so typical.)」、「彼女の主な役割は、東京オリンピックの開催中止だろう(Her main role will be "canceling the Tokyo Olympic games.)」、「もう全部中止にすればいい。試合そっちのけで揉め事ばかりやってるし(Just cancel the whole thing. No appreciates the games anyway, just the drama in the lead up.)」など、オリンピック自体にフォーカスを戻してほしいという呆れ気味の意見が多かった。

 個人的には、アメリカ社会から見ると、森氏の発言が公の立場にある人の発言としてあまりにも常識に欠いたものだったので、「日本は女性が虐げられている国」というイメージをさらに強化してしまったことに、とても残念な思いを持った。前回の記事で、実際には、日本よりもアメリカや他国のほうが街を歩いている女性に対するセクハラ行為がひどいという点を指摘した。それにもかかわらず、「日本は男尊女卑の国」というイメージが先行しているのは、公の立場にある人たちの発言がメディアに取り上げられやすいこと、また、企業役員や公の立場にある人たちに女性が圧倒的に少ないこと、そして性的な対象物としてのアジア人女性のイメージがインターネットで出回っているからではないだろうか。

「性的オブジェクト」としてのアジア人女性

 日本を含めたアジア人女性が、アメリカでも性的に搾取されていると強く実感したのは、セラピストになるため大学院に通っていた7年前のことだ。必須科目のひとつである「多文化主義 (Multiculturarism)」のクラスで、アジア系アメリカ人の女性が、アジア人の昨今の活躍について語り、最後に「Go Asians! (いいぞ、アジア人たち!)」と言ったときのこと。

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(出典) https://pixabay.com

 教授がそれに対して、「その言葉を聞いて、ネットにあふれるアジア人女性のポルノコンテンツを想像した人はいますか」と聞いたのだ。その質問にも驚いたが、すぐに、クラスメートの大勢が「イエス」と答えたのだった。これには心底驚いて、「アメリカでは、アジア人女性にそんなイメージを抱いているんだ」と相当なショックを受けた。だけど、さらにまた驚かされたのは、自らもアジア系女性である彼女自身もまた、「そう言われたら、裸でポーズを取っているアジア人女性を思い浮かべた」と言ったことだった。

 24時間空気のようにまとわりついて、体内に無意識に取り込まれた偏見や差別意識は、男性にも女性にも同じように影響を与えてしまうのだと実感した。性的対象としての日本人女性やアジア人女性のイメージを助長するようなポルノコンテンツや萌え系アニメがネット上で氾濫し、状況は7年前よりさらにひどくなっているのではと危惧してしまう。

 彼女はそのほかにも、日常的にアジア人のステレオタイプ的特徴に関しての差別を受けてきたという。たとえば、写真を撮るときに「なぜ目を閉じているんだい?」とジョークを言われ、みんなが笑ったので一緒に笑ったが、ものすごく嫌な気分だったとのこと。また、童顔に見えるので「小学生が混じってるぜ」とからかわれたりなど、あからさまなヘイトクライムではないものの、無数の小さな差別を受けつづけてきたという。

隠れた攻撃性「マイクロアグレッション」

 こうした、特定のコミュニティに属する人々に対しての、偏見やステレオタイプ、差別意識や優越感にもとづくささいな言動を「マイクロアグレッション (Microaggression) 」と呼ぶ。隠れた攻撃性とも呼ばれる「マイクロアグレッション」は、実はあからさまな差別よりももっと精神的にダメージを与えることがわかっている。女性に対して「女性にしては~~だね」と言ったり、女性の上司が男性の部下を連れて訪問したときに、訪問先が男性のほうを上司だと勘違いしたり、「若く見えるけど何歳ですか」など男性だったらあまり言わないだろう容姿や年齢に関しての質問やコメントも、マイクロアグレッションの一例だ。

 ちなみに、「日本には、黒人差別やマイノリティ差別はあまり存在しない」と思っている人たちもいる。確かに、アメリカのように、歩いているだけで暴行を受けたり命の危険を感じるといった、恐ろしいヘイトクライムはあまり存在しないだろう。しかし、あからさまな差別ではないものの、マイクロアグレッションを日常的に受けており、小さなストレスやモヤモヤした気持ちを日々感じている外国人の人たちは、大勢いるだろう。日本語が上手だとほめる、髪の毛や目の色などの外見の違いについて言及する、英語で話しかけるなども、褒め言葉のつもりや友好的な意思表示であったとしても、積み重なれば大きなストレスになってくるのがマイクロアグレッションの厄介なところだ。

マイクロアグレッションの3つのタイプ

 自らも長年差別に苦しんできた中国系アメリカ人の心理学者・コロンビア大学心理学科教授のデラルド・ウィング・スー博士は、マイクロアグレッションには3つのタイプがあるとしている。

・小さな攻撃(Microassault):あからさまに差別的な言葉や態度だが、冗談ぽく話したり仲間と一緒に笑いながら行い、「真面目に受け取るなよ」、「軽くスルーしろよ」といった暗黙のメッセージを送るため、被害者が言い返すのが困難になる。

(例1)白人の給仕ばかりのレストランでウェイトレスをしていた悲白人の女性が、ある日、「君があのたぬき共のテーブルについて」と言われて、店内を見てみたら黒人客だった。

(例2)リサーチ助手の黒人男性が、新しく入ってきた女性に数ヶ月後、「あなたは、私の知っている黒人のなかで一番恐ろしくない人だわ」と言われた。

・小さな侮辱(Microinsults):ほぼ意図せずに行われる特定のコミュニティに属する人を侮辱する言動。

(例1)黒人男性が、「君は頭もいいし仕事ぶりも真面目だ。とても黒人とは思えないよ」と言われた。

(例2)黒人女性が大学のキャンパスで「黒人にしては、とても綺麗だね」と言われた。「自分自身の尊厳が傷つけられただけじゃなく、自分の属している人種全体の価値が踏みにじられた気がした」

(例3)黒人女性が「精神科医になりたい」と言ったら、先生から「それは君には難しすぎるんじゃないかな。上級看護職はどう?同じ精神医療の分野だし給料もいいよ」と言われた。

・小さな無効化(Microinvalidations):特定のコミュニティが受けてきた差別や抑圧の歴史を考慮に入れずに無視または軽視し、それについて考えることは時代遅れ、または逆に差別的だと思わせるような言動。

(例)白人が、黒人に向かって、「肌の色なんて関係ないよ。大事なのは中身さ」、「君を黒人として見たことなんてないよ」、「もう人種差別なんて過去の話だよ。黒人が大統領になるくらいだからさ」など、カラーブラインド(肌の色を認識しない、差別意識はない)的な発言をする。

なお、ここに挙げた例は、PBS Educationの動画からの実例を引用したもの。

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(出典) PBS Educationの動画: マイクロアグレッションの3つのタイプをわかりやすく説明している。

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精神的ダメージが大きいのは「あいまいな差別」

 マイノリティ集団や周縁化された集団に属する人は、あからさまな差別よりも、こうしたマイクロアグレッションのような隠れた攻撃性に対して、より深刻な心理的負荷を受けるとされている。プリンストン大学で行われた調査では、仕事の採用面接で黒人が落とされた理由について、「あからさまな差別」に対して、「あいまいな差別」の方が、その後に受けた注意力や判断力を測る認知機能検査「ストループテスト」の結果が悪かったことから、あいまいな差別の方が心理的負荷が高いとされた。

 ちなみに、この実験での「あからさまな差別」とは、「マイノリティ支援団体に数多く所属しているから採用を見送った」というもので、「あいまいな差別」とは明確な理由は明らかにされなかったが、その職種に適性とみられる黒人が落とされ、適性に劣っていそうな白人が選ばれたというものだった。

 研究者はこの理由づけとして、黒人はあからさまな差別を日常的に受けているので、それに対してどう対処するかについては慣れているために、心理的負荷が少ない。その一方で、あいまいな差別に関しては、どう解釈し対処すればいいかを考える精神的エネルギーをより多く必要とするので、ストレスがかかるとしている。確かに、黒人だから落とされたのではないか、という疑念が浮かんでモヤモヤしそうだ。

 それに対して、白人の場合は黒人とはまったく逆で、「あいまいな差別」よりも「あからさまな差別」に対しての方が、強い心理的負荷を受けるという結果が出た。その理由としては、差別される状況に慣れていないので、あからさまな差別に強いストレスを感じ、あいまいな差別に関しては差別とすら認識できないからだろうと推測している。

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(出典) https://pixabay.com

 また、スー博士によると、前述した3つのタイプのマイクロアグレッションのなかで、マイノリティの人々が一番ダメージを受けるのが「小さな無効化」であるという。「肌の色なんて関係ないよ。大事なのは中身さ」など、表向きは正論であるため、言われた側は何も言い返せなくなってしまう。しかし、現実の世界では、ほぼ無意識に行われる見下したような態度やステレオタイプ的なジョーク、無視に加えて、ヘイトクライムの犠牲になり命を落とす危険に彼らは日常的にさらされている。そのストレスを体験したことのない人から、「肌の色なんて関係ないよ」と無邪気に言われるのだ。

 悪気のない言葉なだけに言い返すことができず、心のなかに嫌な気持ちがオリのように沈殿していく。こうした状況に長く置かれたら、多くの人は、マジョリティの視点を内部に取り込み、社会に受け入れられようとマジョリティの真似をするか、自己防衛手段として反社会的な言動をとるか、もしくは心のなかのネガティブな感情を処理できずに心を病んでしまう可能性が強い。

 さらに差別問題を複雑にしているのは、こうした「小さな無効化」の心理的負荷が同じ集団に属している人の間でも差があることだ。たとえば、女性だからといって、同じように不公平さや差別を経験しているわけではない。「男性と同じように働いてくれるなら、雇いたい」、「子どもが熱出したからといって、仕事をちょくちょく休まれちゃ困るんだよね」といった言葉に対して、シングルマザーで小さな子どもがいる女性にとっては大きな心理的負荷がかかるかもしれない。しかし、子どもを見てくれる同居家族がいる場合、その言葉が大きなプレッシャーにはならないだろう。本人のやる気や適性とは関係なしに、その女性を取り巻く状況によって、不利な状況や有利な立場が生まれてしまうのだ。

パーソナライズされる差別「インターセクショナリティ」

 このように、性別やジェンダー、年齢、社会階層、経済的階層、学歴や職歴、身体的特徴、障害の有無、性的志向、思想や宗教的な信条など、さまざまな要素が複雑に組み合わさり、その個人に特有の不公平さや不利な状況が形作られていくという考えを「インターセクショナリティ (交差性:Intersectionality)」と呼ぶ。アメリカの法学者および哲学者であり、コロンビア大学とUCLAのロースクールで人種およびジェンダー問題を教えるキンバリー・クレンショー教授が提唱した概念だ。

 クレンショー教授は、マイノリティの女性、貧困層の女性、トランスジェンダーや性的マイノリティの女性、移民女性などが体験している差別は、性差別や人種差別、階級差別という複数の差別を同時に受けることにより、差別の性質も変化し、より深刻なものになると述べている。

 これまでのアメリカの女性差別は、ミドルクラスの白人女性の差別体験を中心に語られており、職場における女性差別や黒人差別の改善に関しても、白人の女性と黒人の男性が議論の中心になり、黒人女性の置かれた状況や意見は置き去りにされてきた。ウーマンリブや女性差別に対する運動のなかで、黒人女性が発言しようとするのを白人女性から阻止されたり、無視されたりすることも数多くあったとクレンショー教授は述べている。

 ちなみに、同氏は、人種差別やジェンダー問題をあつかうシンクタンクである「アフリカ系アメリカ人政策フォーラム(AAPF)」の共同創設者だ。AAPFが製作した、構造的な黒人差別の実態を子どもにもわかりやすく伝える動画『機会不均等な競争 (Unequal Opportunity Race)』以前の記事で紹介した。

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(出典)「アフリカ系アメリカ人政策フォーラム(AAPF)」では人種差別やジェンダー問題などに関する構造的差別の改善に取り組んでいる。

差別の根底にある「支配・被支配」の構造

 さまざまな要素が複雑に絡み合って作用しあい、それぞれの個人に特有の不公平さや生きづらさが形づくられる。同じ女性でも、差別をほとんど感じない人から、女性であるだけで毎日が生きづらく感じる人まで幅広く存在するのはそのためだ。「ジェンダー・ギャップ (不均衡) 指数」やほかの数値だけで、それぞれの個人が体験する固有の抑圧を解釈することは困難だし、女性の間でも意識のずれや誤解が起き、逆に嫉妬や対立が生まれやすくなる。

 それでは、どうすれば性別や年齢、肌の色に関係なく、より生きやすい世の中になるのだろうか。それは、まずは差別が生まれる根底には、支配・被支配という構造があることを理解すること。たとえば、冒頭の橋本氏のセクハラ疑惑に関して、高橋選手はセクハラではないと否定しているが、実際には橋本氏が日本スケート連盟の会長という立場であったため、断ることができなかった可能性が高い。セクハラ行為の多くは、立場を利用したパワハラと相まって起きる場合が多い。

 上の立場にいる人が下の立場の人にセクハラ行為を行い、それを矮小化してうやむやにするのは、男性や女性に関係なく決して許されることではない。人の上に立つ人物は、自分の立場を利用して相手をコントロールしようとしていないかを謙虚に見つめ、自分の言動が相手を対等の人間として尊重しているかどうかを常に意識する必要がある。これは会社の上司だけではなく、親や先輩にある立場の人にも当てはまる。

 また、下の立場にいる人は、嫌なことをされたときや言われたとき、うやむやにしたり気を逸らして忘れようとする前に、まずは自分の心の声を十分に認めてあげること。「いやだ」、「むかつく」、「なぜこんな目に合わなければいけないのか」など、ノートに書き出したり、自分の部屋で思いっきり叫んだりして、自分の心のなかのネガティブな気持ちを受け止め、尊重してあげよう。

 人と人との関係性は固有のものなので、ひとりの人間が上の立場になる場合もあるし、下の立場になりうる場合もある。たとえば、社会で強い抑圧を感じている人が、下の立場にいる自分の子どもを支配して、うっぷんをはらすこともある。こうして育った子どもは、親に認めてもらおうと自分の気持ちをおざなりにして親の言動に過剰に焦点を当て、親に気に入られる子どもを無意識に演じるようになる。

 その子どもが大人になると、親の代わりに恋人、友人、上司や自分の子どもに過剰に焦点を当て、子供時代に満たされなかった承認欲求やニーズを彼らにより満たそうとする。こうして、支配・被支配という社会構造を強化する一端を担い、負の連鎖がつづいていく。

 負の連鎖を断ち切るためには、自分が感じた嫌な気持ちを否定したり矮小化することをやめて、まずは認めてあげること。居心地の悪い気持ち、モヤモヤ、そういった小さな心の声を無視せずに聞いてあげると、そのあと、「それじゃ、どんなことを言われたら嬉しいか」、「どうだったらいい?」と自分自身にその都度聞いていく。どんな突拍子のないものであっても、自分のやりたいこと、欲しいもの、望み、ニーズに気づいて、それを尊重すればするほど、自分に力が戻ってくる。「差別」とは支配・被支配という力の構造であるから、自分の力を強めることが、他者からの支配を相対的に弱めることにつながるのだ。

 自分の望みやニーズを認めれば認めるほど、他者のニーズもまた尊重できるようになる。男女の違いを認めて尊重し、その違いを楽しみながら、それぞれの弱点を互いに補い合うようなコミュニティをみんなで作り上げていくためには、まずは自分のニーズを認めて自分の力を取り戻すことだ。どんなに小さなことでも、あなたにしかできないことが必ずあり、その積み重ねが負の連鎖を断ち切る力になるだろう。

 

Profile

著者プロフィール
長野弘子

米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。


ウェブサイト:http://www.lifefulcounseling.com

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