World Voice

パスタな国の人々

宮本さやか|イタリア

食べることはこんなにも楽しい。世界最高峰シェフ、ボットゥーラの凄さ

最終的に私はモデナに2日滞在し、1日目は新メニュー、二日目には昨年5月にオープンしたゲストハウスでも食事を堪能し、いけ好かない奴という考えを180度改めて帰途に着いた。

下の写真は、コロナ後に刷新されたメニューの一品。メニュー全体のテーマは、ビートルズの「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS」。リンゴ・スターが歌った、"僕は歌が下手だけど、君のような友達がいれば、何とかやっていけるよ"というヒットナンバーのタイトルだ。どれもカラフルでポップで楽しげな料理には、90日間の休業と、2ヶ月間の外出できなかった時に、電話やメッセージで励ましあった仲間と一緒に作り上げた料理だ、という気持ちが込められている。

SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND - credit Callo Albanese e Sueo.jpg

「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band  LSD」。目の覚めるような色や不思議な食感、酸味のバリエーションで、元気を出そう、覚醒しよう(だからLSD)というメッセージが込められている。写真:Callo Albanese e Sueo

でも私に考えを改めさせたのは、これを食べた時でもなければ、「もはやこれからの時代は、一人のカリスマシェフが脚光をあびるレストランの時代ではない。チームで作り上げる仕事なんだ」とインタビュー中にシェフが力説した時でもなかった。忙しい営業前に時間を割いてインタビューの時間をくれ、世界最高峰のシェフとして感じた、ロックダウン中の強烈なストレスについてでもなかった。

それはゲストハウス「マリア・ルイジア」のダイニングルームでの夕食だった。宿泊客優先、空きがあれば外部からの予約も可能というその夕食は、「オステリア・フランチェスカーナ」のシグニチャープレート9皿で構成されたコース。本店では常に新しいメニューに刷新されるので、感動したあの一皿、懐かしいあの料理をもう一度食べたいと思うファンにも、マッシモ・ボットゥーラ初体験の客にも、どちらにも嬉しいメニューというわけだ。そのダイニングルームには大きなテーブルが3卓。ソーシャルダイニングのように、見知らぬ人と「相席」になることもある。そして一角には料理教室のようなオープンキッチンが設えてあり、客は料理を作っていくシェフたちの姿を、立ち上がってのぞいたり、質問したりできるという仕組み。それはまるで友達のホームパーティーのキッチンで、準備をする友達を冷やかしながら飲み始めてパーティーが始まる、そんな感じにラフで楽しいのに、そこに世界一のシェフがウロウロしている、そういうシチュエーションなのだ。

そして一つ一つの料理のエピソードを、全員に向かってシェフが説明してくれる。それを聞きながら食べる料理は、たとえば「ラザニアのカリカリの部分」だ。イタリアの全ての大人が、子供時代、兄弟や友人たちと取り合いをした思い出があるはずという、ラザニアの端っこのカリッと焼けた、一番おいしい部分。それを再構築し、デザインした一皿だ。懐かしさに話は盛り上がり、ボットゥーラ流新解釈とテクニックに舌を巻く。

The crunchy part of the Lasagna - Francescana at Maria Luigia_credit Marco Poderi.jpg

「The crunchy part of the Lasagna」  写真: Marco Poderi

Profile

著者プロフィール
宮本さやか

1996年よりイタリア・トリノ在住フードライター・料理家。イタリアと日本の食を取り巻く情報や文化を、「普通の人」の視点から発信。ブログ「ピエモンテのしあわせマダミン2」でのコロナ現地ルポは大好評を博した。現在は同ブログにて「トリノよいとこ一度はおいで」など連載中。

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