悠久のメソポタミア、イラクでの日々から
EUとベラルーシの政争の道具にされるイラクの人々
今年の8月くらいから、EUとベラルーシの国境地域、主に西側に位置するポーランドと北側に位置するラトビア、リトアニアとった諸国の間の国境地域にて、イラクから来た難民申請者が急増しているというニュースが日本でも報道されていました。
EU側は、「ベラルーシがEUを混乱させるためにイラクの人々をベラルーシに呼び寄せ、国境地域に送り続けている」と批判しています。
過熱した報道から3ヵ月が経ち、冬を前に現在またイラクのメディアではこの国境地域にいる難民申請者たちの窮状を訴える報道が目立ってきています。
今回はEUとベラルーシの政争の原因、またどんな人々がEUを目指しているのか、などについて書きたいと思います。
※報道ではしばしば「移民」や「不法移民」と書かれていますが、その大多数がEU諸国到着後に難民申請を行うことから「難民申請者」とここでは表記します。
EU-ベラルーシの政争
2020年8月に行われたベラルーシの総選挙で、1994年から大統領職にあり「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領は、80%以上の得票率で勝利を宣言しました。しかしその後、選挙の不正を訴える市民により大規模な反政府デモに発展。政権側はデモを弾圧し野党の代表や多くのデモ参加者を逮捕しました。
EU側はデモの弾圧を受けて治安機関の要職にいる者たちに対して制裁を発動。またルカシェンコ大統領やその親族に対しても「狙い撃ち制裁」のリストに加えました。
しかし経済的な繋がりの強いロシアの支援をベラルーシは受けており、このEUの制裁はほとんど効果がないとも言われていました。ベラルーシとロシアはソビエト連邦時代から経済的な繋がりが強く、ロシアはEUと国境を接するベラルーシがロシアの影響下から抜けることをなんとかして避けたいとする思惑があります。
そしてEUとベラルーシの関係が最悪となったのが今年の5月。ギリシャからリトアニアに向かっていたライアン航空機を、ベラルーシが自国の領空内で戦闘機で誘導をする形で緊急着陸をさせ、反政府系のメディアに所属していたジャーナリストを拘束するという事件が発生しました。
この「政府による民間機のハイジャック」という前代未聞の事件にEUはベラルーシを糾弾。経済制裁の対象を166人と15の機関に拡大し、ベラルーシの航空会社のEU圏上空の飛行禁止を決定しました。
ロシアの支援があるとはいえ、経済制裁を受け続けることはベラルーシ指導部にとっても痛手になります。
また移民・難民問題は2015年、16年にEU諸国を分裂させた頭の痛い問題です。これを交渉材料に使うことは過去にトルコが実施したという経緯もあり、ベラルーシはEUへ圧力をかけるために難民申請者をEU国境地域に送り続けていると見られています。
どんな人々がEUを目指しているのか
ベラルーシはイラクで人を募り、民間機でベラルーシまで運んだ後にバスでポーランドといった国境地域に送り届けるというあからさま人身売買まがいのことを行っています。
越境を試みる人の内、多くはイラク国内に暮らすシリア難民やイラクの国内避難民であると見られていますが、中にはコンゴ民主共和国やカメルーンといった遠方の国から欧州を目指す人たちもこのルートをとるようになっています。
私も暮らしているイラク北部の都市アルビルにあるベラルーシ領事館が彼らにビザ発給の手続きを行っている見られていますが、報道ではバグダードやトルコのイスタンブールにある旅行会社がアウトソーシングの形で業務を請け負っているとも見られています。
イラク北部の街シラーズでEUへの不法越境を斡旋をする業者への取材記事によると、ビザの発給から飛行機、またEU越境後の移動も含めてトータルで12,000米ドル(約140万円)くらいが相場とのことです。イラクの人たちは、将来の見えないイラクでの生活からEUで自分の将来に一縷の望みを託し、親族などから借金をして渡航をするとのことでした。
ベラルーシ-ポーランド国境の悲惨な現状
この3国の中で、特に西ヨーロッパに一番近いポーランドでは混乱を極めており、10月だけでもすでに11,300人がベラルーシからポーランドへの「不法越境」を試みたとの報道もあります。
しかし冬が近づく現在、国境地帯に作られたキャンプでは生活が過酷を極めており、今年の夏からすでに少なくとも5名の難民申請者が越境を試み命を落としています。以前は心臓発作やコロナの症状で亡くなった人もいましたが、ここ最近になり低体温症といった寒さが原因で亡くなる人も出ています。
ポーランド外務副大臣はインタビューで、「これから冬季に入ると夜はマイナス20℃からマイナス30℃近くにまで下がる」と述べ、イラクからEUを目指す人たちに対して警告をしています。
ポーランドは現在、同国が行っている司法改革を巡りEUと対立しており、EU側からの協力は固辞しています。そのため、ポーランドが運営する国境地帯の「緊急キャンプ」には記者や人道支援団体も入域を許されておらず、国境地帯でポーランド政府が行っている措置の実態が見えにくい現状も指摘されています。
今後の展望は?
この問題が報じられ始めた今年の8月には、イラク(主に北部のクルド自治区の都市)からベラルーシの首都のミンスクまで直行便が出ていました。しかしEUがイラクに対して圧力をかけたことでイラク側がこの直行便を中止。現在は、隣国のレバノンやトルコ、UAEといった国々からトランジットをする形でベラルーシに人が送られ続けています。
2015年の「欧州難民危機」の時とは異なり、域内の「安定」を優先し今回EUはかなり厳しい措置に出るのではと見られています。事実、ポーランドとリトアニアはベラルーシ国境線から1kmのエリアに非常事態宣言を発令しており、ポーランドはベラルーシからの越境を原則拒否する政策をとっています。また3国ともに「難民性なし」と極めて速いプロセスの中で認定された人はすぐにイラクへ強制送還するといった措置もとられています。
イラク政府もこの事態にEUから協力を迫られており、自主的にベラルーシの首都ミンスクにいるイラク人を送り還すために飛行機の派遣なども行っています。
ポーランドの移民支援団体によれば、今現在もベラルーシ側で数千人がポーランドへの越境の機会を伺っているとみられています。
EUとベラルーシの政争のために、イラクに将来を見出せない難民の人たちが利用される現状。イラクに住む身として、この国に暮らす大変さと彼らの欧州での暮らしの憧れを日頃から聴いている身としては、とても辛く、許し難い気持ちです。
これから東ヨーロッパ地域が冬に入る前に、EUがこの新たな人道危機に対して方策を見つけ、難民申請者たちに適切な保護を与えることを望んでやみません。
著者プロフィール
- 牧野アンドレ
イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。
個人ブログ:Co-魂ブログ
Twitter:@andre_makino