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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

イラクのコロナ対策から考えた、政府が対策を議論できるという「贅沢」について

©筆者撮影

私はこれまで、自身のイラクにおけるワクチン接種の体験二つのコロナ病棟で起きた悲惨な爆発事故など、イラクの新型コロナウイルスの流行状況について度々書いてきました。

しかしここ数週間、イラクではワクチン接種に対する市民の態度が変わり多くの人たちが接種センターに向かうようになりました。

今回はなぜイラクの人々のワクチンへの態度が変わってきているのか、そしてイラクにおける新型コロナ対策の限界について、感じたことを書きたいと思います。

  

最近のイラクにおける新型コロナウイルスの感染状況

まずは最近のイラクの新型コロナウイルスの流行状況についてご紹介します。

スクリーンショット 2021-08-21 193948.png

出典:JHU CSSE COVID-19 Data

ジョンズホプキンス大学が出している統計によれば、2021年6月に始まったイラクにおける感染第三波は、7月に初めてデルタ株の流行が確認されて以降爆発的に増えました。

7月29日には過去最悪となる一日あたり13,259人の感染者をイラク全土で確認しました。

しかしそれ以降、感染者は漸次減っており、8月21日にはピークから約75%少ない3,958人となっています。

また2020年2月に初めて新型コロナウイルスの感染が確認されて以来、イラクでは1,819,455人の感染が確認され、20,110人が亡くなっています。

   

ワクチンへの態度を変えたデルタ株流行

今回、7月から8月初めにかけての第三波の爆発的な感染者の増加は、今までワクチンに対して懐疑的だったイラクの人々をワクチン接種に向かわせるほどの影響を与えました。

報道によれば、首都バグダードにあるワクチン接種センターでは一日に200-400人だったワクチン接種希望者の数が、8月に入ってからは600-700人にまで増えたそうです。

また同じ記事にあるイラク保健省職員へのインタビューでも、7月まで一日のワクチン接種者の数はイラク全土で23,000人程度だったのが、8月に入ってからは110,000人と約5倍にまで増えているそうです。

もちろん、ただ感染者の増加だけが理由ではないと思っています。

イラク政府はワクチンへのデマ対策、またワクチンの効果をテレビなどで丁寧に説明する姿勢をここ数週間特に力を入れて示しているように感じます。

ワクチン接種が開始された今年の3月頃では、SNS上にも「ワクチンはマイクロチップを埋め込むためだ」や「ワクチンを接種すると吸血鬼になる」といったどうしようもないデマが流されていました。

最近はそういったものは見なくなったとはいえ、未だに医療従事者からもワクチンの副反応を危惧する声も根強くあることも事実です。

イラクの人たちは、このバランスのとられ始めた議論の中で、接種を選択するようになったのではと思います。

また、ワクチンへの需要が突如増した中で、その供給も急がれています。

8月に入ってイラクは2回(8/8に200万回分8/15に50万回分)、COVAXの枠組みを通してワクチンが届けられています。

しかし市民の中でワクチン接種の空気が醸成され始めたとはいえ、集団免疫の獲得と言われる6割以上にはまだまだ程遠いと言わざるを得ません。

最近までに、イラクで2回接種が完了した人はまだ150万人しかいません。これは人口約4,000万人のイラクにおいて、4%弱にしかなりません。

引き続き、イラクはワクチン供給において国際社会の支援を必要とする状況が続きます。

    

ロックダウンが検討できるという「贅沢」

最後に、イラクの新型コロナウイルス対策を追っていて最近、気づいたことがあります。

それは第三波のピークにあっても、「ロックダウン」という言葉が政府から聞かれなくなったということです。

また日本などの先進国では「医療従事者に対してワクチン接種を義務化するか」の是非を巡る議論がされていますが、イラクではすでに4月の段階で医療従事者だけでなく、薬剤師や接客業に従事する人、またイラクから出国をするイラク人旅行者に対してもワクチン接種とそれを証明するカードの所持を義務化する方針を示しています。

ロックダウンは政府からのしっかりとした支援があってこそ可能になるものです。しかしイラクのように未だ紛争の傷の癒えない国では、ロックダウンが可能になるほどの政府からの支援など到底不可能です。すでにロックダウンという選択肢は、イラク政府から無くなったも同然と言えるでしょう。

イラク政府も、新型コロナウイルスの感染がまださほど拡がていなかった2020年3-4月に断続的にロックダウンを実施しました。しかしそれにより日雇い労働者の多い貧困層が一気に仕事を失い、収入を失いました。それは中流階級にも大きな影響を与え、2020年イラクの絶対的貧困率は約10%も悪化をしました

つまりイラク政府は新型コロナウイルスによる死者よりも、経済の悪化による死者を出さない方に事実上舵を切ったように思われます。

現在イラク政府が行っていることとすれば、ワクチン接種センターの増設を急ぐこと、また早急なワクチン接種と公共の場所におけるマスク着用を求めることのみです。そして、業種によっては「ワクチンを接種しない自由」を認めないことです。

これが今、イラクが行える新型コロナウイルス対策の限界です。第三波が終息に向かっているように見えるのは、この中で不幸中の幸いでしょう。

その一方、日本や他先進国では様々な対策を議論・検討できるという贅沢がまだあります。

ロックダウンという言葉を聞かなくなり、ワクチン接種の義務化が示されたイラクという国にいると、この裕福な先進国との差を改めて感じてしまいます。

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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