悠久のメソポタミア、イラクでの日々から
平和が必要なイラクからみる「平和の祭典」
東京五輪の日程も今日で最終日となり、今度は東京パラリンピックの開催が近づいてきました。
その中で今日は、東京五輪に参加しているイラク人選手たちについて、彼らの参加する意義、またイラクで東京五輪がどのように見られているのかをご紹介します。
東京オリンピックに出場するイラク代表選手たち
東京五輪には、計4名のイラク人選手たちが参加しています。
しかしその内の一人、陸上女子200mに出場する予定であった選手に直前のドーピング検査で陽性反応が出てしまい、彼女は失格に。結局、競技に参加をしたのは3名だけとなりました。
参加選手は以下の通りです(こちらのページでも紹介されています):
・タハ フセイン・ヤシーン選手(陸上男子400m)
タハ フセイン選手は23歳。8月1日に行われた陸上男子400mに出場しました。結果は予選で6位となり敗退となりました。
・ファティマ アッバース ワヒーブ・アカービ選手(女子10mエアピストル)
ファティマ選手は7月25日に行われた、女子10mエアピストルに出場しました。結果は予選全体51位で、決勝進出は逃しました。
・モハメド・ハファジ選手(男子シングルスカル)
ボート競技に出場したモハメド選手。7月23日の予選でグループ最下位となりましたが、翌日行われた敗者復活戦でグループ2位となり準々決勝進出。最終的には全体22位と健闘し競技を終えました。
・ダナ・フセイン選手(陸上女子200m・ドーピング失格)
ダナ選手は今年35歳になるベテランの選手です。イラク戦争後、荒廃したイラクからオリンピックに出場をし続けた数少ない選手で、間違いなくイラクを代表するアスリートの一人です。
ダナ選手は2011年のパン・アラブ選手権において100m走で金メダル、200mで銀メダル、400mで銅メダルを獲得。東京オリンピック直前のアラブ陸上選手権でも200m走で金メダルを獲得しており、東京五輪出場を決めていました。2008年の北京五輪、2012年のロンドン五輪に続く3回目のオリンピック出場です。
しかし、直前のドーピング検査で陽性となり失格に。彼女は大会直前に行った整形手術での成分だと主張しましたが認められませんでした。
イラクのオリンピック委員会は、旧フセイン政権との強い繋がりがあったことで2003年のアメリカ軍の侵攻で一度解体された歴史があります。その後も、組織としての体制を確立できずにここ20年ほどが経ち、2019年になりやっとIOCへの加盟復帰も果たされました。
その間、選手たちは資金不足にあえぎ、練習も満足にできない年月を送っていました。その意味での今回の東京五輪の選手団は、イラクの新しいオリンピック委員会のもとで行われる記念すべき大会となりました。
イラクの人はオリンピックをどう見るのか?
すこし主語の大きい題ではあるのですが、自分の周りにいるイラクの人たちの東京五輪への温度感はどうなのか。
一言で言うならば「そんなものが今行われているのか」という感想が多い気がしました。そう、オリンピックに対して興味の欠片すらもありませんでした。
その証拠か分かりませんが、開催期間中にタクシーなどで出身地を聞かれて「日本の東京だ」と答えてもオリンピックの話題になることは全くなく、いつも運転手が運転しているトヨタや日産といった車の話になります。「東京」というこちらの出した単語に対して、「オリンピック」という単語が繋がることはありません。
カフェなどでスポーツ中継があっても、いつも欧州のサッカーのクラブリーグの試合のみ。先月まで行われていた欧州サッカー選手権やコパ・アメリカのような盛り上がりは全くありません。
イラクは2016年のリオデジャネイロ五輪でサッカー男子代表が出場しており、その際には大きな関心が寄せられていたそうです。サッカーが大好きな国民性を表していますね。
予選で敗退はしたものの、開催国ブラジルやデンマークといった強豪相手に引き分けの試合を演じ、当時は大盛り上がりでした。
しかし今回の東京五輪では参加選手が4人のみ(しかもその内の一人は失格に)。私の周りの人たちでは、参加選手の名前だけでなく、現在オリンピックが行われていることを知らない人も何人かいました。
イラクという国は近年、戦争や内戦、一部はイスラム過激派組織による支配も経験し、国土は荒廃し生活の再建も進んでいない地域も多いです。
オリンピックという舞台でイラクの選手が参加すること自体に意味があると私は思いますが、国民の関心が全くない中で、「オリンピックがイラク人に勇気を与える」とは到底言えないと感じました。
私自身、今回の東京五輪では一つも競技を見ていませんが、イラクという「オリンピック無関心国」にいると、オリンピックという「平和の祭典」という舞台のもつ意義を冷静に考えてしまいます。
オリンピックが、イラクなどの平和を最も必要としている国に対しても届く祭典にいつかなればいいなと、思っています。
著者プロフィール
- 牧野アンドレ
イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。
個人ブログ:Co-魂ブログ
Twitter:@andre_makino