England Swings!
広まる英国産ワイン、愛と情熱のバルフォア・ワイナリー
元農地だった敷地に初めてぶどうを植えたのは2002年だった。南仏で楽しむようなワインを庭で作れたらおもしろいね、というレスリーの思いつきがきっかけだったと聞くと、ふたりらしい話だなと思う。レスリーは、お孫さんがいる年齢になっても無邪気な遊び心に満ちたチャーミングな女性だ(わたしの憧れのロールモデルでもある)。そしていつも冗談ばかりのリチャードは、やると決めたらとことん突き詰めて成功させてしまうタイプ。このふたりがバルフォア・ワイナリーを二人三脚で成長させてきた。
「売れなかったら自分で飲めばいいよね」と植えた最初のぶどうは、2004年にロゼのスパークリングワインになった。この「バルフォア・ブリュット・ロゼ」は売れないどころか大好評で、2007年にインターナショナル・ワイン・チャレンジという品評会でメダルを受賞し、英国産ワインとして初めてトロフィーも獲得した。ワインを愛し、若い頃から勉強もしていたリチャードは、ワイン造りを始める前はやり手のビジネスマンだった。何気ないひと言から始まった自分たちのワインも、初めから最高のものを目指していたようだ。
拡張を続けてきたバルフォアの現在のぶどう畑の面積は、東京ドーム約17.4個分の約200エーカー(0.8平方キロメートル)で、国内でも大きい方になってきた。自然保護とサステナビリティを大切に考える彼らは、ぶどうが育つ状態を観察して、必要な時にしか農薬を使わない。英国でぶどうが「有機栽培」と認定されるには、銅や硫黄の入った農薬を定期的に使うという規定があり、彼らの方法は有機栽培には当たらない。けれど、この方がより自然で健康なぶどうが育つと信じている、よいワインはよいぶどうから生まれる、とふたりは話す。ぶどう畑周辺の牧草地も原生林も、必要がない限り除草や殺虫は行わず、雑草の花が咲き乱れる草地や自然の森を大切にしている。敷地の一角では受粉に貢献する蜂も飼育されて、バルフォアの敷地全体はできるだけ天然に近い形に保たれている。
バルフォアは最初のワインでの成功後も発展を続け、ふたりに会うたび、ぶどう畑を広げたとか、新しいぶどうを作り始めたという話を聞いた。最初は借りていた機械も次々に購入して発酵からボトル詰めまですべてできるようになり、英国産ワインとして唯一、ロンドン五輪(2012年)の公式ワインに選ばれ、テイスティングルームやレストランを備えた施設をオープンさせ、近くのパブを改装してブティックホテルも作った。
バルフォアの躍進を一緒に夢を叶えている気持ちで見守ってきたけれど、ふたりのワイン造りには、友人でなくても応援したくなってしまう愛や情熱がいつもあった。最高のワインを目指すふたりは、専門家やスタッフの力に頼るだけではなく、自分で頭も手も体も動かす。ケントの家で一緒にのんびり散歩をしていても、リチャードは必ずぶどうの木に近づいていって成長を確かめるし、ワイナリーにいるお客さんに気さくに話しかけて感想を聞く。ふたりとも常にスタッフに声をかけて状況を話し合っている。ある秋、たまたま遊びに行っていた週末にぶどう収穫の人手が足りなくなったことがあり、ふたりともぶどう摘みに加わった。ちょうど膝を痛めていたリチャードも、参加するのに一瞬もためらわなかった。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile