中東から贈る千夜一夜物語
トルコを舞台にしたシリア女性に関わるロマンス詐欺-中高年の男性の被害が続出
去年の10月ごろに突然舞い込みだしたお問い合わせ。60 代から 70 代の男性からで、どれもほぼ同じ内容。ざっとまとめますと、基本的には次のような内容となります。
Facebook で若いシリア女性と知り合った。この女性はシリアのヤルムーク難民キャンプに住んでおり、命の危険にさらされているために安全な日本に住みたいと伝えてくる。両親は既に亡くなっており、頼りになる身寄りは一人もいないという。日本に行くためにはシリアを脱出してまずはトルコに行く必要があるが、資金がないということで金銭的な支援を求められる。身元確認としてこの女性のパスポートのコピーは手元にある。既に何十万と払ってしまった (あるいは請求されている) が、実際のところ詐欺なのかどうか...。
こうしたお問い合わせが 1,2 件ではなく何件も入ってきます。明らかに詐欺の確率が高いとすぐに思いましたが、この時点では 100% ではないので、やんわりとした回答にとどめていました。皆さまにメールで回答した内容は、同じようなお問い合わせが増えていること、どのお問い合わせもほぼ同じ内容であること、組織的な詐欺の疑いがあるので実際に会ったことがない相手との金銭のやり取りはお控えになるように、ということです。その後、自身のブログにも注意を喚起する記事を載せて、いったんこうしたお問い合わせは少なくなっていました。
ところが、この詐欺的な事案は終わっていなかったのです。むしろ深刻さを増しているのが現状です。「分かりました」といって私とのメールのやり取りをいったん終えた男性たち、実はその後もこうした「女性たち」(実は男性の可能性も否定できない) とダラダラとやり取りを続けており、最終的に何十万どころか 600 万以上も送金した男性も。
「詐欺なのかと思うが、相手の女性がメールを送り続けてくるので関係を切れない」というケースや、家族に内緒で送金を半年以上続けていたが「やっぱり詐欺なのではないか」と再度問い合わせてくるケースなど。結論から言いますと、ロマンス詐欺とほぼ断定できるかと思います。というのは、女性たちの話が現実離れしていることとパスポートやその他のドキュメントが偽造であること。本当に命の危険にさらされている人間がなぜ偽造のドキュメントを使うのでしょうか。
というわけで、分かっている範囲の手口と詐欺の見分け方について詳述したいと思います。
最初のコンタクトからの一連の流れ
先ほど女性たちの話が現実離れしていると書きましたが、これはトルコに住んでいる人ではないと見抜けないと思います。まずシリア女性が訴えるのは、「難民救助のスペシャリストで『レスキューミッション』に関わる団体がトルコにある。シリアからトルコに入国するには、この団体にお金を払う必要がある」というもの。
もちろんこれに至るまでに、まず可哀想な身の上話がついてきます。両親は死んでおり、兄弟も親族もおらず、たった一人であること。住んでいるのはダマスカスのヤルムーク難民キャンプで、自分の命が危険にさらされており、一刻も早い助けが必要であることなど。
さてシリア社会の現実はといいますと、子は「神からの贈り物」なので避妊などはほとんどせず 6 人 7 人と子供を産み続けるのがシリア女性です。もちろん例外はあるものの (そして都市部と地方では多少の差があるものの)、一般的にはそれが普通です。そんな中で若くして兄弟も親族もおらず天涯孤独になっているというのはまずかなりの少数派であるはずです。ところが日本男性に送り付けられるメッセージの全てがまずこの身の上話から始まります。
そしてトルコにあるという「レスキューミッション」に関わる団体。これはトルコでは認可されていない違法なもので、端的にいうと人身取引をしている個人や組織のことです。シリアからトルコに逃れたいシリア人から大金を巻き上げて、シリア⁻トルコ間の国境を違法に通過させます。あるいはトルコからヨーロッパに逃れたいシリア人から大金を巻き上げて、船 (実際にはゴムボートなど) に乗せてギリシャなどに向かわせます。成功する場合もあるし、成功しない場合もある。実際、数多くの船が海上で難破して多くの命が失われています。
この人身取引に関わるのはトルコ人であったりシリア人であったり。コネさえ作れば誰でもなれます。この商売は非常にもうかります。シリア人から巻き上げる「大金」の額ですが、一人当たり 2000 ドルなど。安そうに思えるかもしれませんが、ほとんどのシリア人にとっては到底支払える金額ではありません。とはいえほとんどのシリア人がこの違法な経路でトルコに入ります。トルコに 400 万いるといわれるシリア人のほとんども違法に入国しています。資産を投げ売ったり借金をしたりして捻出したものです。どれほど巨額の資金がこの人身取引で動いているかすぐにお分かりいただけると思います。
こうした人身取引はもちろんトルコ政府で認可されておらず刑罰の対象になりますが、シリア女性のメッセージではこの組織があたかも合法的でトルコ政府と協力をして難民支援に携わっているかのような印象です。トルコの事情が分からない日本人にとっては、鵜呑みにしがちな説明です。しかし現在のトルコの方針は、シリアからの移民を受け入れるのではなく国に返す方向で動いています。国境はすべて封鎖されており、国境を越えるには違法な手段を取るしかありません。ですからこの「レスキューミッション」団体は架空のものです。
シリア女性の身の上話に続いて、この「レスキューミッション」団体の責任者から連絡が入り、シリア女性の救助に支払うお金を日本人男性から巻き上げます。値段は 20 万や 70 万などまちまちです。金銭を受け取った後トルコに入ってからは (実際には既にトルコにいる可能性が高い)、生活費、滞在許可証の取得のための資金...などと次々にお金を要求してきます。さらに日本へ渡るためのビザ取得など、何十万ある場合は何百万も持ち掛けられている方もいます。
ちなみに支払いは銀行送金ではなく、Apple Gift Card などと指定されます。その後、この「レスキューミッション」は何らかの理由でトルコから撤退し、シリア女性の身柄はトルコの移民局に移されます。そして次に日本人男性に連絡を取ってくるのは、移民局の局長です。このシリア人の女性を解放するために金銭が必要であるといいます。
ここで、移民局につかまり刑務所に入れられているシリア女性の写真などがまことしやかに送り付けられます。手錠までされていたり囚人服を着ていたりします (お化粧はばっちりでコスプレのような雰囲気です。もちろん実際にコスプレなのですが)。共通しているのは、写真で送り付けられるシリア女性がとても若くて美しいこと。
ちなみに移民局の局長が個人を助けるために日本に住む日本人に直接連絡を取ることなどはあり得ません。さらに、この移民局の局長の連絡先はといえば turkishimmigration50@gmail.com など Gmail または Yahoo メールです。政府の要人が仕事に関連した連絡でなぜ無料メールを使うのでしょうか。
さて、お金をさらに送金してやっと移民局から解放されるとなった時に、この女性は病気になります。あるいは交通事故に遭います。そこで高額の医療費がさらに請求されます。病院のベッドと思わしきところで横になって点滴されているような写真が送られてきます。
メッセージには医者の名前や病院まで書かれており、真実性があるように思えます。そして医者の名前や病院は架空ではなく、実際に存在するものです (普通はイスタンブールの病院が指定されています)。ただし本当にそのシリア女性が入院しているかを確かめることは至難の業です。病院側に電話をして確かめてほしいなどというお問い合わせをされる日本人男性もおられますが、親族でも家族でもない私に入院患者の情報をトルコの病院側が与えることはありません。いずれにしてもシリア女性のパスポートは偽造なので、病院側に問い合わせたところで、存在しない人物について問い合わせているので意味がありません。
こうして日本人男性への金銭要求はどんどん大きくなります。この詐欺が単独犯によるものかグループによる犯行かは定かではありません。たまたまひっかけて成功したので、手あたり次第同じ方法を用いているという場合もあります。いずれにしてもトルコが舞台になっていることから、トルコに既に住んでいるシリア人による犯行だと思われます (つまり、シリアのヤルムーク難民キャンプではない)。
日本人男性はなぜそこまでナイーブなのか?
狙われているのは初老の日本人男性。この詐欺に関連して、若い男性からのお問い合わせは私のところには来ていません。60 代 70 代といえば、年金生活者。程度の差こそあれ金銭的な余裕がある程度あり、働いていないので時間的な余裕がある。さらに時間的余裕があるので、世界のニュースなどにもある程度通じており、シリアの内戦などにも心を痛めている。これに加えて、離婚して寂しさを感じていたり、退職後に他者との関わりが極端に減っているなどの理由もあるかと思います。他者との関係が極端に減ると、承認欲求が高じて「自分は必要とされている」という気持ちを満たしてくれる場所を求める人もいると思います。さらに最初のコンタクトは Facebook です。もっと若い世代は Facebook ではなくインスタなど別の SNS を使うことが多いと思います。
こうした中高年の男性たちは、人命を救助するという名目の今回のような詐欺の格好のターゲット。「命が危険にさらされている」などというメッセージが送られてきて、その上その相手が若くて美しい女性だとしたら...ホロリと流されてしまうのでしょう。特に独り身の場合は、この美しい女性にやがて淡い恋心を抱いてしまうのでしょう。もっとはっきりした表現を使うと「色ボケ」ともいいます。
冒頭で述べた 600 万以上を送金した男性は、月に何度も息子夫婦とゴルフを楽しんでいるというようなかなり金銭的な余裕がある方のようです。ですからこの方にとっては 600 万という額は大した額ではないのかもしれません。だからこそズルズルと関係を続けてこられたのだと思います。この男性は下心は全くなく、純粋に人助けがしたかったとおっしゃいます。つまり「色ボケ」ではないと主張されます。
でも本当にそうでしょうか?送り付けられてくる写真が下のようなバービー人形風の若い女性でないとすれば...それでも彼は同じように 600 万を送金するでしょうか? 写真に写っているのが男性、アジア人、あるいは黒人の女性だとしても同じように資金援助をしたいと思うでしょうか? 私はNOだと思います。
詐欺師はそのことをよく知っていて、美人のシリア女性の写真を使います。寂しさを感じている初老の男性の心の隙間に入り込み、感情的な結びつきができることを知っているからです。いったん感情を奪われてしまうと、詐欺かなと疑いつつも「信じたい」という気持ちが強くなり、断ち切ることができなくなります。
騙されている日本人男性に言いたいです。想像の世界で生きないでください。現実の世界で本当に人助けになることをしてください、と。日本にも助けを必要としている人がたくさんいます。自分にとっても他の人にとっても有用で健全なボランティアがたくさんあると思います。この男性たちがしているのは人助けなどではありません。個人又はグループの詐欺師たちが奔放で贅沢な暮らしをするための資金を提供しているだけです。私の周りには 1000 円 2000 円という金額を稼ぐために必死で働いているシリア人たちがたくさんいます。その 600 万が本当に必要としている人たちに渡っていたら...と思うと悔しくてやり切れません。
パスポートの偽造を見抜く方法
日本人男性に初期の段階で送り付けられるパスポートですが、ぱっと見でもすぐに偽造だと分かります。フォトショップなどのアプリで写真を加工するのは非常に簡単ですが、偽造のものには上から貼り付けたような違和感があります。ただしすでに心を奪われている男性群には分からないようです。ですから偽造を見抜くもっと決定的な方法が必要です。これまで見せてもらった偽造のパスポートでは、アラビア語の名前と英語表記の名前が全く違うケースがほとんどです。これはアラビア語を上から貼り付けるのが技術的に難しいのか、あるいは日本人にはアラビア語は分からないと思ってはなから侮っているのか...
ここに偽造のパスポートのサンプルを貼り付けたいと思います。被害に遭われた方から提供していただいたものです。了承を得て使用しています。
シリア女性の名前は英語では「Haya (名前) Amir (苗字)」なのに対し、アラビア語では「جاك (ジャック : 名前) عبدالله فرام (アブドゥッラー ファラーム : 苗字)」と全く違ううえに男性名。父親の名前は英語では「Davis」であるのに対しアラビア語では「ميشيل (ミシェル)」、母親の名前は英語では「Khalisha」であるのに対しアラビア語では「لينا (リナ)」となっています。また出生地が英語では「ダマスカス」なのにアラビア語では「حلب」つまりアレッポとなっています。
その他、外務省のページを参照してパスポートのフォームの相違点などを見つけることもできるようです。こうした手抜きの偽造パスポートを送りつけてくるあたり、詐欺師はかなり素人であるように見受けられますが...。一つ言えることは、日本人男性がとことん舐められているということです。
運転免許証の偽造を見抜く方法
「レスキューミッション」団体の責任者などと名乗る男性が運転免許証やその他のドキュメントを証拠として送ってくることがあります。運転免許証については偽造を見抜くために、トルコの実際の運転免許証を貼り付けておきます。
偽造の場合、以下のような相違点が容易に分かります。1. トルコ国旗のロゴが違う 2. 車のロゴが違う 3. 顔写真の背景が異なる 4. カード下部に文字が書かれていない
また運転免許証の場合、裏側も送るように相手側に伝える必要があります。カードの裏面にはそのカード特有の QR コードが記載されています。この QR コードがあればカードの持ち主を特定できます。
このように偽造を見抜く方法はたくさんあります。はっきりしない場合はお問い合わせくださっても大丈夫です。実際にトルコに住んでいたりアラビア語が読めたりすると、偽造は簡単に見抜けますので...。
騙されても良いと思っている日本人男性もいる
ここまで来ても相手を信じたいといわれる日本人男性がおられます。一時の恋心を楽しんでおられるのでしょう。年を取ると人からあまり相手にされないので、自分に来るアテンションに喜びを感じている男性もいます。ま、実際には女性ではなくアラブ男性とやり取りしておられるかもしれないのですが。こうしたナイーブな男性には私はほとほと愛想をつかしているので、もう勝手にしてくださいという気持ちです。
ただし、こうした日本人男性の行動が海外に住む私たち日本人の評判を下げているという自覚は持っていただきたいです。ただでさえ日本人は中東では「おとなしくて騙しやすい」というイメージで見られることがあります。日本人を総評して「いい人だ」といわれることがありますが、それは裏を返せば場合によっては「言葉もできず主張もせず騙されやすい、つまり丸め込みやすい」ということにもなるわけです。
このシリア女性が関わるロマンス詐欺の被害者は一体どれくらいに上るのでしょう。私としては、この詐欺を働いているシリア人 (あるいは他の人種のアラブ) が身近にいるかもしれないと思うとゾッとします。が、イスタンブールの移民局を名乗っていたりイスタンブールの病院が指定されていたりすることを考えると、詐欺師はイスタンブール在住のように見受けられます。
いずれにしても、日本人男性がいとも簡単に落とされていることには私自身びっくりしています。私のモットーは「蛇のように用心深く、しかもハトのように純真でありなさい」という聖書の言葉です。純粋で誠実であることと騙されやすいのとは全く違います。あまりにナイーブだと笑いものにされるだけです。今回の記事を読んで、このタイプの詐欺に引っかからない方が 1 人でも増えることを願っています。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com