中東から贈る千夜一夜物語
トルコの名物シミットが半分に切って売られる時代 ‐ トルコリラ暴落
トルコといえば有名なシミット。オスマン帝国の時代から売られていたといわれています。トルコ人なら老いも若きも好んで食べるこのシミット。イスタンブールやアンカラなどの大都市では、街角のいたるところに Simitci (シミットを売る人)と呼ばれる人がいて、このシミットを毎日売っています。シミットは一番安く手に入る庶民のストリートフードであり、朝食には欠かせないパン。このシミットがなんと半分に切って売られるように...。昨今のリラ暴落に伴う経済危機が原因です。
iStock - トルコでは見慣れた光景 Simitci (シミットを街角で売る人)
トルコのリラ安は危機的な状況か?
トルコリラの暴落に歯止めがかかりません。1ドルが 7 リラだったのは今年の初め。それが 12 月の現在では 1 ドルが 15 リラ近くになっています。リラの価値が 1年間で半分になったということです。そもそも今年初めの1ドルが 7 リラというのも、これまでのトルコではあまりなかった現象。2018 年のリラ危機の時に一時的に 1 ドルが 7.5 リラ近くになったことがありましたが、その期間はすごく短くてすぐに 5 リラ台を回復していました。ところが今回は回復の兆しがないどころか、かつてないほどのリラ暴落に歯止めがかかりません。
トルコのインフレ率は公式には 21% と発表されています(トルコ統計局の数字)。が、実質的にはインフレ率は 30% またはそれ以上であろうというのが一般的な見方(こちらのチャンネルをご参照ください)。ある独立した団体の調査によると、実際のインフレ率は 58% だということです(ウォールストリートチャンネル)。
この経済危機については、いろいろな記事で原因が語られています。加速するインフレに対して政策金利を上げるのではなく下げているのが原因だと一般的には言われています。これは通常取られるべき経済対策とは真逆だということです。エルドアン大統領のポリシーは「Interest Rates are the Mother and Father of all Evil (金利はあらゆる悪の生みの親)」。実際、トルコではエルドアン大統領によって中央銀行の総裁が 2 年間で 3 回も変えられているという現実があります (こちらの記事をご参照ください)。つまり、大統領の経済ポリシーに沿わない人材は首を切られるとささやかれています。いずれにしても、全くの素人である私が経済に関する詳しい解説をすることはできません。むしろ私が語ることができるのは、このリラ暴落とインフレが人々の生活に与えている影響についてです。
リラ暴落が人々の生活に及ぼす影響は如実に...
日用品や食料品の値段は今年に入ってぐんぐんと高騰し、軒並み 30% から 40% の値上げ。例外はありません。トイレットペーパーに至っては夏に 15.75TL だったのが現在は 25.90TL。60% の値上げです。さらに商店では今後の値上げを考慮して商品を店頭に出さないという現象も起き始めています。そのため、品切れした商品棚がいつまで経っても空っぽのままになっているのを目にすることもあります。
この記事の一番最初の部分で触れた、トルコの庶民の味方シミット。シミットの値段はコロナの影響もあり 2 年間据え置きになっていて、路上では1個当たり 2.5 リラで売られていました (なお、ベーカリーでは道端で買うより高い値段で売られています)。しかし 2021 年 12 月 1 日からイスタンブールでは、シミットが 3.5 リラに値上げされることが発表されました。私がトルコに初めて来た 4 年前には 1-1.5 リラで売られていたこのシミット。シミットの材料費 (小麦粉、ゴマ、油など) は昨今の経済危機で 300 パーセントも跳ね上がったといわれています。ですから値上げをしてももうけにならないのが現状です。近い将来シミット 1 つが 5 リラで売られる日が来るのではといわれています(こちらの記事をご参照ください)。
イズミルで 2.5 リラで売られていたこのシミット。イズミルでは Simitci がこのシミットを半分にして売ることを始めると発表しました。半分だと 1.25 リラ。半分にしてでも売らなければ商売は成り立ちません。しかしイスタンブールではすでに値上げされたこのシミット。イズミルでいつまでこの値段で売り続けられるのかは疑問です。
Youtube のチャンネルより ‐ 半分のシミットの販売を始めましたという張り紙。値段は 1.25TL と書かれています。
このリラ安は、外貨保有者 (ドル・ユーロ・円など) にとっては朗報といえます。観光客もしかり。筆者のケースを例にとると、4 年前に 1150TL (日本円にすると 4 万円ほど) だった家賃が、現在の家賃は 1500TL で直近のレートで計算すると 1 万 2 千円ほど。トルコリラでは値段が上がっているものの、日本円に換算すると 3 分の 1 以下の値段になっています。有難い...と言えばそうなのですが、トルコに 4 年も住んでいると、いつも換算しながら生活しているわけではありません。トルコリラ主体で考えることが多いので、昨今の急激な値上げに「高い!」とうなっている自分がいます。それでもふと気づいてドルや日本円で計算してみると、実は値段は変わっていないか、安くなっているということもあります。
それでも心中はとても複雑です。トルコリラでお給料を受け取っているのが大半のトルコ人たち。そしてもともとトルコ人の半分以下のお給料で働いているシリア難民たち。お給料の額は変わらないのに、物価だけはうなぎ登り。生活は苦しくなる一方です。
トルコのリラ暴落が経済成長に及ぼす影響は?
2000 年代に入ってからトルコはすごいスピードで発展を遂げたといわれています。2003 年から 2018 年の間に貧困率は 37% から 9% へ。これにより中流階級が増え、人々の生活の質は格段に上がりました (トルコの貧困率に関するページ)。
ただしトルコの発展は、海外からの投資と貸付金に頼ったもの。さらに輸出より輸入がはるかに多く、輸出と輸入のバランスが取れていないといわれています。いわゆる貿易赤字です。これにより、昨今のリラ暴落で輸入品 (とりわけ原材料) が高騰し、国内産業に深刻な影響をもたらします。またトルコでは新しい産業への投資はあまり行われず、どちらかといえば利益をもたらしにくい分野への投資が多いといわれています。例えばトルコは 2000 年代に入ってから建設ラッシュ。ただし、家を建てても利益はあまり出ません。実際、200 万戸もの家が売られずに残っているといわれています(ロイターの記事)。
急速に発展したトルコではもともと貯蓄という概念はそんなに強くありません。外貨を保有している少数の富裕層にはあまり影響がないかもしれませんが、ごく一般的なトルコ人や年金だけで暮らしているお年寄りにこのインフレは大きな打撃です。
商店の出し渋りを受けて、一部では食料品を備蓄する動きもあります。小麦粉、トイレットペーパー、油などのごく基本的な生活必需品が店頭から消えることを恐れて、家にストックしておこうという動きです。ただし、これもある程度の手持ちの資金があってこそ。もともと日々の生活のためだけの資金しかない人にとっては食糧備蓄なんて夢のまた夢です。
発展を遂げてきたトルコが昨今の経済危機で貧困層を増やしてしまう。エルドアン大統領は国民に忍耐を呼びかけ、しばらくすればこの状況は改善されるであろうと伝えています。とはいえ、この歴史的リラ安が今後どこまで進むのか、いつ歯止めがかかるのか、回復するのかなどは未知数です。
もともと資源にはとても恵まれているトルコ。さらに若年層が国民全体の 60% 以上といわれ、豊富な労働力にも恵まれています。若手起業家たちが育つ環境づくり、新しい分野の産業への投資が急務だといわれています。
トルコに住む外国人の満足度は概してかなり高いといえます。それはひとえにトルコ人の温かさ、人懐っこさ、寛大さによるのではないかと思います。筆者は、ヨルダン・レバノンに 7 年、そしてドイツで 1 年半生活した後にトルコに移動しましたが、ドイツを経験した後のトルコ人の温かさが身に染みたこと! ドイツと比べてはもちろんのこと、中東のアラブ諸国と比べてもトルコはパラダイスだと感じました。この感動は 4 年経った今でも続いています。トルコ人の笑顔が絶えないように、この経済危機が何とか改善されるようにと願ってやみません。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com