World Voice

中東から贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト

「石を投げるより僕は動画を撮る」 - パレスチナ人とユダヤ人の暴力の応酬に思うこと

パレスチナ自治区(オレンジの部分)- iStock

イスラエル国内が荒れています。とはいえ、パレスチナ人 (アラブ) とユダヤ人との間の衝突は今に始まったことではありません。「パレスチナ問題」という言葉で表現されるこの衝突。アラブとユダヤ人との間の小競り合いは、イスラエルでは日常のことですが、何年かごとに大きな衝突へと発展します。パレスチナ問題については詳しく解説したサイトが幾つもありますので、この記事ではあえて詳しく書きません。

私は現在はトルコ在住ですが、ヨルダンとレバノンに合計で 7 年住んでいました。7 年のうちヨルダンにいたのは 5 年半です。ですからトルコ人との付き合いよりもアラブとの付き合いのほうが長いです。そしてヨルダンに住むアラブの実に 70-80% はパレスチナ人です。ですから日常的に接していたのはパレスチナ人で、現地で習得した私のアラビア語もパレスチナ系のアラビア語です。

私がヨルダンに住んでいるときにも、イスラエルでパレスチナ人とユダヤ人との間の大きな衝突が何度かありました。2009 年と 2014 年の衝突はかなり大きかったと記憶しています。2014 年の衝突は 50 日間に及びました。今回の衝突はその 2014 年に起きた衝突以来の、そしてそれよりもっと規模が大きい衝突だと言われています。

今回の衝突はなぜ起きたか

パレスチナ問題は解決されずに今に至っていますので、何かきっかけさえあればすぐに爆発します。今回大きな衝突に至るきっかけの 1 つになったのがこのビデオ。東エルサレムにある Sheikh Jarrah (シェイフ・ジャッラーハ) という地区で、パレスチナ人の家族がユダヤ人入植者に家を乗っ取られている動画です。ソーシャルメディアであっという間に世界中に拡散しました。

Sheikh Jarrah (シェイフ・ジャッラーハ) には 3000 人のパレスチナ人が住んでいると言われています。この地区には、1948 年以来 (つまり 70 年以上も) パレスチナ人たちが住んでいます。1948 年の戦争で国連によって難民指定されたパレスチナ人たちです。ユダヤ人はこの地区への入植を進めており、パレスチナ人の家族に立ち退きを強要しています。このビデオはその様子を写したもの。会話はこんな風です。

パレスチナ人の住民:ヤコブ、ここはあなたの家じゃない。あなたは私の家を盗んでいるのよ!

ユダヤ人入植者:そうだよ。でも俺が盗まなくても、ほかの誰かが盗むのさ。

パレスチナ人の住民:なんですって? 誰にも盗むことは許されてないわ!

このユダヤ人の入植は今に始まったことではありません。イスラエルの至る所で生じている現実です。ではなぜ今回ここまで大きな反響を呼んだのか? ソーシャルメディアを通してパレスチナ人たちが積極的に配信をするようになったことが背景にあります。これまでは報道の自由がかなりの程度規制されていました。でもソーシャルメディアの発達に伴い、誰でも自由にそしてあっという間に動画を世界中に拡散できるようになりました。これはパレスチナ人にとって大きな武器となります。

パレスチナ人はエリアによってカテゴリ化されている

ところでひとことで「パレスチナ人」といっても、4種類のカテゴリ (またはエリア) に分けられていることをご存じだったでしょうか? この 4 種類のカテゴリについて、アルジャジーラのビデオがとても分かりやすく説明しています。このビデオの内容すべてに同意しているわけではありませんが、パレスチナ人が分けられているカテゴリについては非常に分かりやすかったので、ご紹介したいと思います。とはいえビデオは英語ですので、簡潔に日本語で説明させていただきたいと思います。以下の絵は、パレスチナ人のエリア分けです (ビデオ内の画像をお借りしています)。

イスラエルに住むパレスチナ人.JPGAJ+-YouTube

■以下の二つのエリアはパレスチナ自治区と呼ばれる場所にあります。

エリア1:パレスチナ自治区のガザ

人口は約 199 万人 (2019年の外務省の統計によります)。ガザに住むパレスチナ人は自由にガザの外に出ることができません。ガザはイスラエル政府により外から完全かつ徹底的にコントロールされています。ガザ全体を指して「Open-air prison (野外刑務所)」と言われることがあります。ここに住むパレスチナ人には、投票権など国民としての権利は与えられていません。

ガザを実効支配しているのはイスラム過激派のハマスだと言われています。ですからイスラエル国家にとってガザはテロリストの温床とみなされています。

エリア2:パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区

人口は約 298 万人 (2019年の外務省の統計によります)。ヨルダン川西岸はイスラエルによって 165 のエリアに分けられており、エリア間には分断壁・イスラエル軍による検問所などがあります。ですからパレスチナ自治区内を自由に行き来できるわけではありません。ガザと同じく、投票権など国民としての権利は与えられていません。

■以下の2つのエリアは、パレスチナ自治区に属していません。パレスチナ自治区以外のイスラエル国内にあります。

エリア3:東エルサレム

人口約 40 万人。パレスチナ自治区に住むパレスチナ人と比べるとより大きな自由が与えられています。ただし東エルサレムに住むパレスチナ人に与えられているのは、永住権でイスラエル国籍ではありません。この永住権は、イスラエル政府によってはく奪されることがあります。イスラエル政府に関わる選挙では投票できません。

このブログ記事の最初で説明したパレスチナ人の住宅の立ち退き要求は、今回この東エルサレムで起きていることです。

エリア4:その他のイスラエル各地

イスラエル国籍を持つアラブたちがイスラエル各地に散らばっています。パレスチナ系イスラエル人と呼ぶことにします。かなりの程度の自由が与えられており、イスラエル政府に関わる選挙で投票する権利も与えられています。ただし居住地・教育・就職に関して、ユダヤ人と全く同じ権利が与えられているわけではありません。

この4つのエリアごとにパレスチナ人の ID カードは色分けされています。この ID カードはどこに行っても提示する必要があるもので、パレスチナ人の生活はいつもコントロールされています。ID の変更も場合によっては可能です。例えば東エルサレムに住むパレスチナ人がヨルダン川西岸のパレスチナ自治区に引っ越したり、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区からガザに引っ越したりする場合です。これはいわゆる「格下げ」にあたります。ただしその逆の「格上げ」は不可能です。ID のこうした「格下げ」はパレスチナ人の生活をより厳しくするものであり、これにあえて踏み切るパレスチナ人はほとんどいないと思われます。

今回の衝突がこれまでの衝突と異なるわけ

今回の衝突はこれまでの衝突と幾つかの点で全く異なると言われています。

第一に、先に書いた通り、パレスチナ人がソーシャルメディアを武器にしていること。自分たちがどんな扱いを受けているかを全て動画にして配信しています。動画にはどんな言葉よりもパワーがあります。

武器が限られるパレスチナ人は石を投げつけてイスラエル軍に抗議します。でも、マシンガンを抱えた相手に石を投げつけても何の意味もありません。あるドキュメンタリーでパレスチナ人の少年が言っていたことは核心をついていました。

石をいくら投げてもイスラエル兵には届いてすらいない。僕は石を投げるより動画を撮る。動画には大きな力があるから。

第二に、イスラエル国籍を持つパレスチナ人たちが暴動に参加していることです。これまでの衝突は、イスラエル軍 VS パレスチナ自治区にほぼ限られていました。パレスチナ自治区とは、上でご紹介したようにヨルダン川西岸地区とガザの2つのエリアです。

先ほど書いた通り、イスラエル国籍を持つパレスチナ人たちはパレスチナ自治区には住んでいません。イスラエル各地に散らばって住んでおり、ユダヤ人とアラブが文字通り隣り合わせの家で暮らしているようなエリアも沢山あります。

イスラエル国籍を持つアラブたちは、パレスチナ自治区に住むアラブたちとは扱われ方が異なります。アラブとしてのアイデンティティを保ちつつもユダヤ人社会で生活し、教育もヘブライ語で受けています。ヘブライ語とアラビア語と多くの場合 英語も話すトライリンガルです。彼らは仕事も生活も安定していることが多く、通常は衝突に巻き込まれたくないというのが本音です。

ところが今回はこうしたイスラエル国籍を持つパレスチナ人たちも暴動に加わっています。ですから、暴動とは普段は無縁の場所でも暴動が起き、パレスチナ系イスラエル人はユダヤ系住民を、ユダヤ系住民はパレスチナ系イスラエル人を攻撃しています。例えば Lod という町。パレスチナ人はユダヤ人のシナゴーグを焼き払い、ユダヤ人はパレスチナ系のお店に火を放ったり、パレスチナ人に暴行を加えたり...。隣同士で生活していたのに、突如として憎しみの炎が燃え上がったかのようです。

これにはいろいろな背景があります。イスラエル国籍を持つパレスチナ人たちは、パレスチナ自治区に住むパレスチナ人とは異なり、かなりの程度自由を与えられています。とはいえ、イスラエル国家はユダヤ人のための国家です。ですからユダヤ人と同じ権利が与えられているわけではありません。教育・居住地の選択・職業などでユダヤ人ほどの自由は与えられていません。こうした不満が爆発した形になります。

同様にユダヤ系住民もイスラエル国籍を持つパレスチナ人に対して牙をむき、残酷な暴行を加えています。暴力の応酬に歯止めがかかりません。まさに、どっちもどっちの状態

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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