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イタリアの緑のこころ

石井直子|イタリア

場に柔軟なイタリア人 規則・秩序重視のイタリア語

イタリアの学校での日本語入門の授業の板書 2021(11/3 photo: Naoko Ishii

規則や約束にこだわらず、柔軟に対応してもらいやすいイタリア

 何か起こったときに、仕事でも何でも、日本ではとかく規則などに縛られて、融通が利きづらいのに対して、イタリアでは、個々の状況に柔軟に対応してもらえることが多いように思います。几帳面に規則を守ろうとするより、相手の希望や状況に寄り添おうという姿勢は、自分がそうして臨機応変に対応してもらえる場合にはありがたいと同時に、逆に、向こう側の都合で、なされるべきことが延期されたり、中止になってしまったりする場合には、大変困るのですけれども。

 柔軟と言うべきか鷹揚と言うべきか、受付担当者に何か用事があるためか、郵便局や店などで、まだ営業時間が終わる15分前に、窓口が閉まってしまうのに出くわしたことも、まれとは言え、ありました。

規則・秩序重視のイタリア語と場が重要な日本語

 日本語の「友達」という言葉は、友達の性別や人数に関わらず、語形に変化がありません。ところが、イタリア語で「友達、友、友人」を意味する言葉、amicoは、友人が一人の男性であればamico、一人の女性であればamica、中に男性も混じる複数の男性であればamici、複数の女性であればamicheと、語尾が変化します。これは、イタリア語の名詞には性と名があるため、つまり男性名詞と女性名詞があり、さらに、単数形と複数形があるためです。

 動詞もまた、同じ現在形であっても、主語によって語形が変化します。例えば、動詞amare「愛する」、andare「行く」は、

io amo / vado 「わたしは     愛する/行く」

tu ami / vai   「君は       愛する/行く」

Lei/lui/lei ama / va 「あなた/彼/彼女は 愛する/行く」

noi amiamo / andiamo 「わたしたちは   愛する/行く」

voi amate / andate 「あなたたちは   愛する/行く」

loro amano / vanno 「彼らは      愛する/行く」

となります。ちなみに、amareが規則動詞であるのに対し、andareは不規則動詞です。

 こんなふうに、日本語であれば、「友達に会う」と言うときに、主語が誰であろうと、また、その友達の性別や人数に関わらず、「友達に会います」と言うことができるのに対し、イタリア語は、名詞であれ動詞であれ、言葉が、文法による規制を受けて、語形が変化します。また、冠詞が必要となる場合が多く、その際使われる定冠詞・不定冠詞・所有冠詞などもまた、友達の性別や人数によって、語形が変化します。

 一方、一人称単数の主語は、イタリア語ではioのみですが、日本語では、「わたくし」「わたし」「おれ」「ぼく」「拙者」「己」など、話し手や聞き手、話される状況、場などに応じて、使い分けられています。

 加藤周一は『日本文学史序説』で、日本語について、「日本語の文は、その話手と聞手との関係が決定する具体的な状況と、密接に関係している」、「文の構造、すなわち言葉の秩序が、具体的で特殊な状況に超越し、あらゆる場合に普遍的に通用しようとする傾向は、中国語とくらべても、西洋語とくらべても、日本語の場合、著しく制限されている。」と記しています。

 公の規則や秩序に重きを置く日本の言語である日本語が、けれども「具体的な状況」や場と緊密な関係を持つ言語である一方、規則や秩序にとらわれず場に応じて対応する人の多いイタリアの言語であるイタリア語が、「文の構造、すなわち言葉の秩序が」「あらゆる場合に普遍的に通用しようとする傾向」を持つのは、どこか不思議でおもしろいと思います。

日本人には難しいイタリア語 勉強を続けるあなたはすばらしい

 そして、こんなふうに、イタリア語と日本語とでは、語彙や文字だけではなく、文法、言語のしくみや使う際に基盤にある概念が根本的に異なるために、「日本語と中国語は、言語類型的に、イタリア語から最も隔たる言語である」と言われています。

 そのために、日本語とイタリア語は、どちらの言語も、音節の大半が「子音+母音」から構成されている点が共通しているために、一見学びやすいように見えて、イタリア人学習者にとっての日本語学習と、日本人学習者にとってのイタリア語学習は、他の多くの言語を母語とする人よりもずっと難しいのです。

 イタリア語は英語と違って、日本では接する機会も少ない上に、教材も学習手段も、まだまだ種類や数が限られています。ですから、日本のイタリア語学習者の皆さんは、ハンデが大きいにも関わらず、頑張っている自分をほめてあげながら、楽しみながら、イタリア語の歌や映画をより楽しむことができる自分や、旅先で地元の人とおしゃべりを交わせる自分を夢見て、思い描きながら、こつこつと、できる機会に、勉強を積み重ねていってください。歩けば必ず前進できるように、学習を続ければ、力が着実についていくはずなのですから。

 

Profile

著者プロフィール
石井直子

イタリア、ペルージャ在住の日本語教師・通訳。山や湖など自然に親しみ、歩くのが好きです。高校国語教師の職を辞し、イタリアに語学留学。イタリアの大学と大学院で、外国語としてのイタリア語教育法を専攻し卒業。現在は日本語を教えるほか、商談や観光などの通訳、イタリア語の授業、記事の執筆などの仕事もしています。

ブログ:イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia

Twitter@naoko_perugia

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