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イタリアの緑のこころ

石井直子|イタリア

真の夫婦別姓ではないイタリア、男女平等へ向けての関連法変遷の歴史

1962年「イタリア人女性と愛」、「男性と同じ権利を求む」と看板を掲げ、離婚合法化を求めるイタリアの女性たち  引用元:https://it.wikipedia.org/wiki/File:1962_-_manifestazione_per_il_divorzio.JPG

結婚後も、妻は公私の場で出生時の姓を使用

 イタリアでは現在、妻は結婚後も、証明書類や申請書、口座の名義など、さまざまな場面で、結婚前同様に、出生時の姓を名乗り、また文書などにも書くことになっています。そのおかげで、イタリア人男性である夫と結婚したわたしは、結婚したからと言って、クレジットカードやパスポートなどの名義変更をする必要がなく、また、仕事の面でも、これまでと同じ姓を名乗ることができるので、本人の同一性が確認できないための不便や不利益を被ることもなく、助かっています。 

真の夫婦別姓ではなく、子供の姓は原則として夫の姓

 そこで、それではイタリアでは、どういう経緯を経て、夫婦別姓となったのだろうかと、その歴史を調べてみて驚きました。実はイタリアは、真の意味の夫婦別姓ではないこと、また、現在の法律では、イタリアでは夫婦に生まれた子供の姓は原則として夫の姓であることが、分かったからです。夫婦の姓を二つとも子供に与えることは、子供が産まれたときに、両親が二人とも同意して申請すれば、あるいは、後になってからでも、裁判所に申し立てて勝てば可能なのですが、母の姓だけを与えることはできません。現在、その不平等や不合理を廃するための法改正に向けて、議会が動いているところであるとのことで、この件についてはまた、別に機会をとらえてお話しできればと考えています。

 さて、イタリアでは夫婦の姓が、法律の上では実際にどうなっているかと言うと、男女が結婚した際には、「妻は夫の姓を自らの姓の後に加え、夫亡き後も、次の結婚までは夫の姓を保つ」(イタリア民法典 第143条の2)ことになっています。

1865年民法典と1942年民法典の施行当初:結婚後、妻は夫の姓を名乗ること

 1861年のイタリア統一後、1865年に定められたイタリア王国最初の民法典は、当時の家父長制を色濃く反映し、第131条で、「家族の長は夫であり、妻は夫の市民的身分に従い、夫の姓を名乗る」ことと定めていました。以後、より時代に即応した、民主的で女性の権利を認める民法典を編纂しようという動きは早くからあったものの、現行の民法典は、1942年、第二次世界大戦中にムッソリーニ政権下で成立したものであるため、個人の自由を制限し、型にはまった男女の役割を押しつけるファシスト政権の意向が見られるものとなっていました。妻の姓に関する規定は第144条に記され、1942年の成立当初は、1865年の民法典と条文の番号こそ異なるものの、内容は同一でした。

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イタリアで最も子だくさんのマンマ賞 1937 photo: Ernesto Fazioli
ファシスト政権は、母親としての女性像を称賛「市民は結婚し祖国を守るために子を産んで尽くせ」

男女平等へ向けての法改正 妻が出生時の姓を名乗る権利

 第二次世界戦後、1950年代に入り、奇跡の経済と呼ばれる高度経済成長の時期になると、イタリアでは、家族の在り方も変わり、1942年の民法典には、憲法に謳われる男女平等などの原則が反映されていないことが問題となって、妻の姓のみならず、家族の在り方や女性の権利などについて、議論が尽くされるようになります。妻の姓に関する規定については、まずは1961年に、イタリアの最高の司法裁判機関である破棄院で、「妻は夫の姓を名乗る」こととする第144条は、夫の姓を名乗る義務ではなく、自らの姓に夫の姓を加える権利を有すると解釈すべきであるという判決が下されました。さらに、1975年の家族法の改正によって、民法典の第144条は全面的に差し替えられ、第143条の2「妻は夫の姓を自らの姓の後に加え、夫亡き後も、次の結婚までは夫の姓を保つ」が追加されました。また、1997年には、国務院が、本人確認のために有効なのは、結婚前の姓のみであると認め、1998年には、外務省が通達で、「パスポートについて、既婚女性が自らの姓の後に、夫の姓を添えるかどうかは任意である」と伝えています。

 また、民法典には、妻が「夫の姓を自らの姓の後に加える」こととあっても、現在イタリアでは、女性が結婚後、出生時の姓に、夫の姓も追加するよう、自らの氏名を変更したい場合には、居住する市町村の県庁を通じて、内務省に申請する必要があります。申請を通じて変更が行われていない場合には、結婚した女性が、公私の様々な場面で署名をする際や、文書に姓名を記載する際に、結婚前からの姓に、夫の姓を加えると、署名や文書が無効となってしまいます。

 というわけで、イタリアでは現在、法律では、妻は結婚前の姓の後に、夫の姓を加えることとされているものの、それは義務ではなくて権利であると解釈され、日常生活や身分証明書、様々な文書において、実際に必要とされ、使われるのは、結婚後も出生時の姓だけであり、自分の姓に夫の姓を加えた、二つの姓を含む氏名を、署名や文書などで有効とするためには、かえって別の手続きが必要となるわけですから、今では、「夫の姓が加えられる」のは、あえて申請することがなければ、あくまで文言上だけのことであって、実際には、結婚後も結婚前の姓を使って暮らしていくことになるわけです。

妻の姓・子供の姓をめぐるイタリアの今後の課題

 ただし、子供にはまず夫の姓を与えることとされ、自らの姓に配偶者の姓を加えるのは女性側のみであるなど、現在でもイタリア民法典には、1865年や1942年の制定時の家父長制や男性優位の文化が残り、根強い男女不平等が、問題となっています。今後も男女平等がより進む方向へと、法がさらに改善されていくことを願っています。

 

Profile

著者プロフィール
石井直子

イタリア、ペルージャ在住の日本語教師・通訳。山や湖など自然に親しみ、歩くのが好きです。高校国語教師の職を辞し、イタリアに語学留学。イタリアの大学と大学院で、外国語としてのイタリア語教育法を専攻し卒業。現在は日本語を教えるほか、商談や観光などの通訳、イタリア語の授業、記事の執筆などの仕事もしています。

ブログ:イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia

Twitter@naoko_perugia

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