イタリアの緑のこころ
イタリアの心のふるさと ウンブリア
ノルチャの聖ベネデットとアッシジの聖フランチェスコ
476年に西ローマ帝国が滅亡して以降、イタリア半島では、なおも異民族の侵入や政治的混乱が続き、数世紀にわたって、暮らしや精神のよりどころが失われる状況が続きました。そうした中、イタリア各地で地域を支え、古典の書写によって文化を後世に伝えていったのは、ベネディクト会をはじめとする修道院の活動でした。
そうした修道会、修道院の制度を西欧で創設したのは、ヌルシアの聖ベネディクトゥス、ノルチャの聖ベネデット(480年頃〜547年)です。聖人が生きた時代はまだラテン語が使われていたために、日本では「ヌルシアの聖ベネディクトゥス」と、地名も聖人名もラテン語で言及されることが多いようですが、現代イタリアでは、地名はノルチャとなり、聖人は聖ベネデットと呼ばれ、ヨーロッパの守護聖人5人の一人となっています。
聖ベネデットの生地、ノルチャは、ウンブリア州の南、自然の美しいシビッリーニ山脈のふもとにあり、黒トリュフや生ハムなどの特産品で知られています。また、以前から聖ベネデットを慕って訪れる信者が多かった聖地でもあり、近年になって、聖ベネデットの足跡を追い、ノルチャからモンテカッシーノまで歩く巡礼路の出発地点、巡礼宿となっています。
2016年のイタリア中部地震では、このノルチャも被災地となり、8月には震源地の一つでありながらも持ちこたえていた聖ベネデット教会が、同年10月30日早朝の、やはりノルチャを震源とするM6.5の地震で、正面だけをかろうじて残して、崩れ落ちてしまい、4年後の今も、まだ再建が進んでいない状況にあります。
アッシジ城塞から夕日と聖フランチェスコ大聖堂を望んで 2017/5/27 photo: Naoko Ishii
一方、弱者、動物を愛し、自然の中で祈りや瞑想を捧げることを好み、清貧に生きた聖フランチェスコ(1182-1226)もまた、ウンブリア州の町、アッシジの出身で、アッシジの聖フランチェスコは、シエナの聖カテリーナと共に、イタリアの守護聖人となっています。2013年に現ローマ教皇は、カトリック教会史上初めて、この聖フランチェスコの名を選んだことで、当時話題となりました。カトリック教皇としてはかつてないほどに清貧を好み、また弱い立場のある人を愛し助けようとする教皇は、アッシジの聖フランチェスコの名前と共にその心と在り方も受け継いでいるようで、教会離れが進んでいるイタリアでも、多くの人々に敬愛されています。
5世紀のネーラ渓谷、シリアの隠者たちの洞窟と修道院
聖ベネデットが5世紀末に生を受けたノルチャは、ウンブリアの南、緑の豊かなネーラ渓谷にあります。5世紀にはこの渓谷周辺に、シリアの隠者たちが暮らす多くの洞窟がありました。東ローマ帝国皇帝の迫害を逃れてきたシリアの隠者たちは、やがて5世紀末にこの地に修道院を築き、その修道院が現在ネーラ渓谷プレーチに建つ聖エウティッツィオ修道院の起源となったと言われています。2016年のイタリア中部地震で正面が崩れ落ちたこの修道院には、かつてシリアの隠者や修道士たちが暮らし、祈りを捧げていた岩の洞窟がいくつかあったのですが、この洞窟もまた、残念ながら、地震で崩壊してしまったようです。
ネーラ渓谷に5世紀に迫害を逃れてきたシリアの隠者が築いた修道院が #聖エウティッツィオ修道院 の起源でノルチャの聖ベネデットに与えた影響が大きい。隠者の洞窟は2016年地震で崩壊か。#イタリア #ウンブリア#Abbazia di #SantEutizio #Preci #Valnerina #Umbria #Italyhttps://t.co/pRXAYHnlXp pic.twitter.com/v4mO6sQYjH
-- Naoko Ishii (@naoko_perugia) August 27, 2020
ノルチャの聖ベネデットの人生や西欧修道制度の創設には、このシリアの隠者たちの生き方と彼らが築いた修道院が、決定的な影響を与えたと言われています。さらに、後に北の町、アッシジに生まれた聖フランチェスコの人生にも影響を及ぼしたと考えられ、ネーラ渓谷のカッシャには14世紀に、苦しみの多い人生を送りながらも、愛と祈りに生きた聖リータも生まれています。
わたしが暮らすペルージャのあるウンブリア州は、自然が豊かでイタリアの中央に位置することから、イタリア語でcuore verde d'Italiaと呼ばれています。cuoreには「心、中心、心臓」といった意味があるのですが、わたしは先に述べたような歴史を考えると、ウンブリアはまた、イタリア、そしてヨーロッパの心のふるさとの一つでもあるのではないかと思います。
緑豊かな心のふるさと、ウンブリアの地からお伝えするということで、ブログの題名を「イタリアの緑のこころ」としました。けれども、自然や宗教にとどまらず、イタリアの社会や文化など、今後、さまざまな話題を、時に応じてお伝えしていこうと考えています。どうかよろしくお願い申し上げます。
著者プロフィール
- 石井直子
イタリア、ペルージャ在住の日本語教師・通訳。山や湖など自然に親しみ、歩くのが好きです。高校国語教師の職を辞し、イタリアに語学留学。イタリアの大学と大学院で、外国語としてのイタリア語教育法を専攻し卒業。現在は日本語を教えるほか、商談や観光などの通訳、イタリア語の授業、記事の執筆などの仕事もしています。
ブログ:イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia
Twitter:@naoko_perugia