Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
人にとって大切なことを語り継ぐ、世界遺産の森に佇む奇岩に残された先住民神話
オーストラリア先住民の人々は、文字を待たず、生き抜く知恵を物語や歌に替え、子孫へと伝えてきた。口承で語り継がれてきた彼らの教えや戒めは、オーラル・ヒストリー(口述歴史)として記録され、「ドリーミング」または「ドリームタイム」と呼ばれている。
ドリーミングは、日本語で「神話」と呼ばれることもあり、天地創造の物語をはじめとして、かなり抽象的な表現が多い。「ドリーム」という言葉から、単に「夢」や「空想」を物語にしたものと思いがちだが、内容を深く読み込んでいくと、実際に我々が生きていく智慧として、人間にとって最も大切な基本理念が盛り込まれ、単なる神話や伝説として片付けられないほど、示唆に富んでいる。
たくさんある物語の中でも、シドニーから手軽に行ける世界遺産として知られる「ブルーマウンテンズ」に伝わる物語は、とても興味深いもののひとつだ。
何万年も前から森と共生してきた先住民
人工物を拒絶するかのように、どこまでも続く大森林群が広がるブルーマウンテンズ。そこは、遥か何万年もの昔から複数の先住民部族が暮らしてきた豊かな森だ。絶え間なく流れる水が季節の恵みをもたらし、生活にとって欠かせないものが豊富にある。
現在は、世界遺産の森として、トレッキングや展望台からの壮大な眺めを楽しむために、大勢の人が訪れる観光スポットとして知られているが、ここでの観光のハイライトともいえるのが、カトゥーンバにある「エコー・ポイント」展望台からの眺めだ。
エコー・ポイントからは、どこまでも続く深い森を見下ろすように、「スリー・シスターズ」と呼ばれる3つの巨大な奇岩が聳え立ち、深い緑の森と奇岩が織り成す雄大な風景を手軽に楽しめる。
奇岩「スリー・シスターズ」に残る先住民神話
このブルーマウンテンズ最大の見どころでもある「スリー・シスターズ」には、カトゥーンバ地区の先住民が語り継いできた物語がある。ストーリーそのものは短いが、人々の愚かしさを巧みに表現しており、未来永劫、戒めとして語り継がれてもいい傑作といえるだろう。
その物語とは、以下のようなものだ。
カトゥーンバのジャミソン谷で暮らすカトゥーンバ族に、「ミーニ」、「ウィムラ」、「グネドゥ」という三姉妹がいた。この姉妹は三人共、大変美しく、近隣に暮らす別の部族の間でも評判だった。
時が過ぎ、大人になったミーニ、ウィムラ、グネドゥは、隣のネピアン族の三兄弟と恋に落ちた。ところが、部族の掟で異なる部族との結婚が許されていなかった。彼女たちと結婚したいと強く願っていた三兄弟は、「そんな掟は受け入れられない!」と、三姉妹を力尽くでも奪い取ろうと争いを起こしてしまう。
戦いの最中に、三姉妹が連れ去られたり、命の危険に晒されたりすることを恐れたカトゥーンバ族の呪術医は、三姉妹が村から出られないよう、彼女たちに呪術をかけ、岩に変えてしまった。
カトゥーンバ族の人々は、戦が終われば、呪術医が三姉妹をまた元の姿に戻してくれると信じていた。しかし、いざ終わってみると、呪術医は戦禍に巻き込まれて死んでしまっていたのだった...
カトゥーンバ族の人々は悲観に暮れた。この呪術医だけが、三姉妹にかけられた呪術を解く呪文を知っていたからだ。元の姿に戻れなくなってしまったミーニ、ウィムラ、グネドゥの三姉妹は、岩になった姿のまま、今も佇んでいる ―――
この悲しい恋の物語が、今も旅人たちを魅了し続けているのは、短いストーリーに、種族(人種)に縛られることや人々が争い合うことの愚かしさへの戒めが込められているように感じているからなのかもしれない...〈了〉
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日本に昔から伝わる教えや考え方にどこか通じるものがあり、心に響く、オーストラリア先住民の人々の暮らしと考え方に関するコラムです。よかったら合わせてどうぞ。
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
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