Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
あまりの寒さと荒天で「羊向け注意報」発令
オーストラリア南東部は、5月下旬から6月上旬頃にかけて猛烈な寒波に襲われ、ここ30余年で最も寒い冬の始まりとなった。(参照)
シドニーの中心部では通常、冬でも日中最高気温が17~18℃前後まで上がる日も多く、かなり温暖な気候といえる。ところが、今年の6月最初の1週間はそこまで気温が上がった日は一日もなく、ほとんどの日が15~16℃前後と、この時期としては寒い日が続き、「今日も寒いですね」というのが挨拶代わりになっていたほどだ。
Wild weather has left thousands of homes in Sydney and the Hunter without power as a cold snap delivers NSW its first real taste of winter | @SarahNavin pic.twitter.com/FaH9abAHaC
-- 10 News First Sydney (@10NewsFirstSyd) May 31, 2022
また、ただ寒いだけでなく、南からの冷たい強風が毎日のように吹き荒れて、ときおり冷たい通り雨が降るという荒天が続いた。そんな、手がかじかむほど寒いある日、携帯電話のお天気アプリに見慣れない警報マークが表示されていた。
その警報は、羊のマーク...
ん?羊に注意?!と、一瞬、二度見してしまったが、そこにはこう記載されていた。
「Sheep Graziers Warning」
直訳すれば、「羊飼いへの警報」となるが、どうやら、牧羊事業者向けの注意報であるらしい。
A Sheep Graziers Warning has been issued for #NSW for cold, wet and windy conditions developing on Monday and continuing Tuesday. See https://t.co/IChCsj5S5h for details. pic.twitter.com/92sA6Qs4Dq
-- Bureau of Meteorology, New South Wales (@BOM_NSW) May 28, 2022
牧羊事業者に向けた警報/注意報「Sheep Graziers Warning」とは一体なんなのか? 調べていくと、衝撃的な事実が見えてきた...
見慣れない羊マークの警報の意味
広大な牧草地で草を食む羊の群れと、どこまでも広がる青空といった風景は、オーストラリアらしいイメージのひとつとして定着している。また、オーストラリア旅行の途中で、羊の毛刈りショーを見たことがある人も多いことだろう。実際のところ、オーストラリアは、羊の飼育国として世界第3位だ。(参照)
そのくらい、たくさんの羊が放牧飼育されているのだが、冬の低気温と荒天は、羊にとって要注意なのだという。なんと、あまりに寒く冷たい風雨に晒されると、羊が死んでしまうかもしれないというのだ!
そこで、「羊のために、寒さと荒天対策をしてください」と、牧羊事業者に注意喚起を促しているというわけだ。気象当局は、この警報が発令された場合、羊たちを屋内にいれるか、大きな木の下などに集めて風雨を避け、保護するよう勧告している。
この羊を保護するための警報/注意報「Sheep Graziers Warning」は、例年だと最も寒くなる7月、8月に内陸部の地域で発令されることがあるそうだが、今年は1ヶ月以上早いばかりか、沿岸部の地域も含めて発令されるという異例の事態となっていたようだ。
羊は寒さに弱いのか? そこには衝撃的な事実が・・・
羊といえば、モコモコの温かいウールをまとっている。モコモコした毛皮に覆われた羊が寒さで死んでしまうものなのだろうか?むしろ寒さに強いのではないのか?と、思う人も多いのではないだろうか。
私自身、スコットランドで雪を被った羊を見たこともあり、「いくら寒いといっても、ここはシベリアのように息が凍ってしまうほど寒いわけでもないのに...」と、気になって調べてみたところ、衝撃的な事実を知ってしまった...
オーストラリアで牧羊が盛んなのは、ニューサウスウェールズ州とビクトリア州といった南東部の地域だ。さらに、どこまでも続く牧草地に白い羊の群れがポコポコと見える典型的な風景が広がっている牧羊地帯は、広大な土地が利用しやすい内陸部に多い。内陸部は同じ州内でも、沿岸部に比べて冬場の気温が5~10℃ほど低いという特徴もある。
こうした地域は、牧草地が最も肥沃になる季節が「冬」となる。なぜかというと、内陸部は、夏場は雨が少ないために乾燥し、牧草地が枯草のように茶色くなってしまうが、冬に向けて雨が多くなると、生き生きとした緑が戻ってくるのが一般的だからだ。
そこで、オーストラリアの牧羊産業界では、牧草地が緑豊かになる時期に合わせて、意図的に羊を妊娠させているという。だが、このような出産スケジュールでは、最も寒い時期に子羊が生まれることになってしまう。これは、一般的に暖かくなる「春」に出産するようなスケジュールで管理されている日本や英国などの北半球の国とは対照的だ。(参照1, 2)
猛烈な寒さにさらされると、毛刈りされてまだ体毛が十分生え揃っていない羊を含め、体脂肪も少なく脆弱な子羊や妊娠している雌羊たちはとくに、病気にかかりやすくなったり、弱って死んでしまったりする確率が高まる。オーストラリアでは、このような冬に出産期を迎えるという特殊な事情から、新生子羊の4分の1が、生まれて最初の数日間を生き延びることすらままならないのだそうだ。
こうした動物虐待と非難されかねないこの国の牧羊事情を広く知ってもらい、凍てつくような荒天の日には、羊たちを屋内や風雨避けのシェルターに入れることを義務付けるよう、法整備を求める声が上がっている。
見慣れない羊マークの警報から見えてきた悲しい現実...
いくら毛皮に覆われているからといって、冷たい風雨にさらされるのは不快だろうし、健康にも悪影響を及ぼす。今年は寒波が早くやってきたため、毛刈り後間もない羊も多く、なおさら影響があったのではないかと想像する。Sheep Graziers Warning 発令時だけでなく、荒天時には、動物達が風雨を避けられるシェルターで過ごせるのが当たり前になることを心から願うばかりだ。〈了〉
※昨年から「Sheep Graziers Warning」が発令されるような荒天日には、屋内や風雨避けシェルターに家畜動物を入れることを義務付けるよう、法整備を求める署名活動が行われています。
▼URGENT: Shade and shelter must be mandatory
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
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