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ジョコビッチ、ワクチン接種を巡る入国ドタバタ劇の真相【前編】豪入国拒否から一転、裁判で勝利
1月5日に、全豪オープン出場のために来豪したノバク・ジョコビッチ選手が、ワクチン未接種であることから、接種免除のための医学的な証明が不十分であると、ビザを取り消され、入国を拒否された問題。
この入国拒否に対し、ジョコビッチ側が撤回を求めて豪連邦裁判所に異議を申し立て、10日の審理で一転、裁判所が、ビザ取り消しを覆し、入国を認め、拘留状態からの即時解放という判断を下した。
【速報】ジョコビッチの入国拒否を連邦政府が撤回した模様。これにより、全豪オープンでプレーできることに... https://t.co/OfUO2Cb4XX
-- Miki Hirano (@mikihirano) January 10, 2022
世界ランク1位のテニス・プレーヤーを巡る、わずか5日間に起こったドタバタ入国騒動。一体、何がどうなっているのか...?あまりに複雑なので、時系列で追いながら、真相に迫ってみたい。
出場選手にワクチン接種が義務付けられた全豪オープン
全豪オープン・テニス2022大会は、出場選手にCovid-19ワクチン接種が義務付けられたが、個人の事情で接種できない/していない場合は、その理由を医学的に証明することが求められていた。
ジョコビッチ選手は、証明書類を提出したが、『医学的免除』を得るには十分でないと、ビザを取り消されたため、豪連邦裁判所に異議を申し立てたのだが、週末を挟んで審理が決着されるまでの間、難民や強制送還措置となった人を一時留め置く『拘留センター』となっているホテルでの滞在を余儀なくされることとなった。
週が明けた月曜日(10日)の審理で、連邦裁判所の判事は、「この男性にこれ以上、何ができるだろうか?」と述べ、ジョコビッチ側の主張を支持。入国ビザ取り消しを覆し、直ちに拘留状態から解放するよう言い渡した。(参照)
これにより、ジョコビッチ選手は入国を認められ、全豪オープンへの出場も可能になった・・・のだが、これで一件落着ではないから、この件はややこしいのだ。
大会まであと2週間と迫った日に、突然、出場許可が下りた謎
ジョコビッチ選手の出場を巡っては、昨年から大いに揉めていた。
それは、ジョコビッチ選手が、Covid-19ワクチンに反対の立場をとり、自らの接種状況の非開示を貫く一方、大会運営側が、2回のワクチン接種済を出場条件のひとつとしてきたことにある。
この溝が埋まらないまま、刻々と大会開催日が近づき、テニス4大大会のひとつである由緒ある全豪オープンに、世界ナンバー1の選手が出場するのかしないのか、12月に入っても依然、不透明となっていた。(参照)
ところが、年が明け、大会まであと2週間と迫った1月4日、突然、大会運営側が「ジョコビッチが医学的免除の対象となり出場する見通しになった」と発表。ジョコビッチ本人もこの日、「(ワクチン接種)免除措置を受けて、オーストラリアへ向かっている」と自らのSNSに投稿した。(参照)
Happy New Year! Wishing you all health, love & joy in every moment & may you feel love & respect towards all beings on this wonderful planet.
-- Novak Djokovic (@DjokerNole) January 4, 2022
I've spent fantastic quality time with loved ones over break & today I'm heading Down Under with an exemption permission. Let's go 2022! pic.twitter.com/e688iSO2d4
これに対し、ワクチン接種を義務付けられてきた多くの豪国民が反発。とくに全豪オープン開催地のビクトリア州においては、長いロックダウンを経験したことに加え、接種義務が厳しく規定され、国内のプロ・スポーツ選手にも接種が義務付けられており、国内他州の未接種選手は、ビクトリア州内で行われる試合に出場できない事態になっていることから、未接種のジョコビッチ選手が大会へ出場できることに、「なぜ?」と疑問の声が上がっていた。
国と州とでワクチン接種免除の定義が異なる?
ジョコビッチ選手は、「(ワクチン接種)免除の許可を得た」とSNSに投稿していた。
それは、どのような許可だったのだろうか?
現在、海外からオーストラリアへの入国の際には、ATAGI(免疫化に関する豪技術諮問グループ)が承認しているCovid-19ワクチンを最低2回接種している必要がある。
これは国として、入国の際に必要な条件のひとつとなっているが、ここで問題となるのが、医学的に接種できない人やそれに準ずるケースの場合だ。こうした医学的に配慮した措置を『医学的免除』と呼ぶ。
オーストラリア国=連邦政府は、現在、感染が確認された場合は、一時的にワクチン接種を延期することができるが、回復し次第、接種することとされ、これは6ヶ月を越えてはならないとしている。
この規定は、状況に応じてよく変更があるため、現状がどうなっているか把握しにくいのが難点なのだが、さらに厄介なのが、オーストラリアに入国した直後に足を踏み入れる州によって、この『医学的免除』適用の規定が異なることだ。
例えば、シドニーが首都のニューサウスウェールズ州では、感染が確認された場合、6ヶ月間はワクチン接種を延期することができるが、全豪開催地のメルボルンが首都のビクトリア州では、基本的に認められていないなど、州によってマチマチで、海外から到着した際の隔離条件についても州毎に大きく異なり、本当にわかりにくい。
ジョコビッチ選手の場合、「過去6ヶ月間に感染が確認されていれば、ワクチン接種をしなくてもよい」という条件を盾に、接種免除の許可が下りたというから驚いた。これは、ニューサウスウェールズ州は認めているが、国=連邦政府やビクトリア州政府は認めていないはず...
どちらにしても、『医学的免除』を得るためには、医師や当局の指定機関などからの「証明書」が必要となる。
そこで、豪テニス協会は11 月に、連邦政府に「過去6ヶ月間の感染」で「免除」が得られるかどうか確認したが、11月18日に連邦政府のグレッグ・ハント保健大臣から受け取った返答は、「過去の感染は、完全接種済(2回)とは認められない」、よって「免除」にはならないというものだった。
ハント保健大臣は、同様の内容を記したレターを11月29日付けでも送っていることがわかっている。(参照)
それにも関わらず、豪テニス協会は、12月7日付けで、APT(男子プロテニス協会)に「ワクチン接種免除措置について」と題したメールで、『免除』となる条件と何が必要かを選手へ向けて通達していた。
ジョコビッチのワクチン接種義務回避による入国拒否の件、豪テニス協会が接種していなくても全豪オープン出場するための2段階プロセスを指南していた決定的な証拠が見つかる...
-- Miki Hirano (@mikihirano) January 7, 2022
Novak Djokovic visa saga: Leaked document damning proof Tennis Australia shared incorrect...https://t.co/LmiDLwn9Ta
この「ワクチン接種を受けずに全豪オープンでプレーできるようにするための2段階のプロセス」が記載されたメールは、APTから各選手へ送信され、ジョコビッチ選手もこれに則って書類を揃えてビザを取得し、渡豪したとみられる。
このメールの内容によると、選手は、まず、オーストラリアに入国するための「海外の医学的免除証明」、次に、大会でプレーするための「免除」が必要だとあり、このなかに、「過去6か月間に感染したことを証明する必要がある」という条項が含まれていたことが判明。はっきりと記載されてはいないものの、医学的免除の条件として、「過去6か月間の感染」が有効だとアドバイスしていたと捉えることができるものになっていた。(参照)
不可思議なのは、豪テニス協会は、11月に連邦政府から「過去の感染は、免除の条件とはならない」と返答をもらっていたにも関わらず、このような内容を選手に伝え、ワクチン未接種の選手もプレーできると思わせてしまったこと...
連邦政府と州政府という2つのボーダー
豪テニス協会は、連邦政府から「過去の感染は、免除の条件とはならない」と返事をもらった後、11月22日付けで、ビクトリア州政府の最高医療責任者に、「過去6ヶ月間の感染」で「免除」が得られるかどうか尋ねるレターを送ったことがわかっている。
そして、12月2日に、ビクトリア州政府の最高医療責任者から、「6か月以内の感染歴があり、これについて適切な証拠を提供できる人は、海外からビクトリア州に到着したときに検疫義務を免除される」という返答を得ていた。
海外から到着した場合は、まずは国境があり、その後に州境があるはずだが、なぜ、豪テニス協会がビクトリア州政府に尋ねたのか?
これは、11月10日に豪テニス協会が、連邦政府の最高医療責任者の顧問を務めるアリソン・ケアンズ氏から、ビクトリア州政府に『免除』を評価する責任があるという見解を得ていたためだという。
しかし、豪テニス協会が、ビクトリア州政府の最高医療責任者から受け取った返答をよく見ると、『検疫義務を免除』とあり、海外から到着した際の強制的なホテル検疫隔離のことに言及しているとみられ、国境における入国の際の『ワクチン接種の免除』ではないようなのだ。(参照)
このことが明るみになり、ホテルでの検疫を回避するための州政府ベースの規則と、ワクチン未接種の人にビザを付与するための連邦政府のプロセスとの間で、多くの人が混乱していることを浮き彫りにした格好となった。
ここでも、連邦政府と州政府という2つのボーダー(国境/州境)があることが、混乱を招く結果となったのは明らかだろう。尚、入国や検疫隔離免除などの諸条件は、国も州もコロコロと変わるので注意が必要だ。
<後編に続きます>
※後編では・・・ジョコビッチの感染による医学的免除は認められたのか?誰によって申請書類が作成、承認されたのか?どこに問題があったのか? ーこの事件(?)の核心に迫ります!
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/
メディアコーディネーター・ブログ:https://waveplanning.net/category/blog/