Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
人類初の月面着陸映像をお茶の間に届けたパークス電波望遠鏡 60周年、再び人類を月へ
人類初の月面着陸の瞬間を覚えている人は、どれくらいいるのだろうか?
1969年7月20日(日本時間では21日)、月面に人類の一歩を刻むというミッションで地球を旅立った米国の宇宙船「アポロ11号」が月に着陸。2人の宇宙飛行士が月面へ降り立った。
その模様は、全世界のお茶の間のテレビに向けてライブ中継され、日本ではNHKが放映し、視聴率68%を記録。世界中で当時の総人口の5分の1に当たる約6億人が見守ったという。(参照)
当時、この歴史的偉業の貴重な映像を伝える立役者となったパークス天文台の電波望遠鏡が、本日(2021年10月31日)で60周年を迎えた。
Parkes - Murriyang - The Dish
-- SpaceAustralia.com (@SpaceAusDotCom) October 31, 2021
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アポロ11号の月面着陸映像テレビ中継、成功の鍵となった電波望遠鏡
日本時間の21日午前11時56分、人類初となる月への一歩を踏みしめたアームストロング船長は、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」という、あまりにも有名になったメッセージを発信。
歴史的瞬間は、リアルタイムで生中継され、世界のお茶の間へと届けられた。38万キロも離れた地球と月との間での中継は、『史上最も離れたテレビ中継』として記録され、人々の記憶に残ることとなった。
この時、月からの映像信号を地球側で受信し、最も長い時間、月の映像を送り続けたのが豪ニューサウスウェールズ州の内陸部の町「パークス」にある巨大なラジオ・テレスコープ(電波望遠鏡)だ。
史上初の『地球外ライブ中継』の裏側を支えたオーストラリア
宇宙探索ミッションでは、宇宙船や宇宙飛行士と地球上のオペレーション・チームとのコミュニケーションが欠かせない。NASAでは、こうした地球上と宇宙空間の通信システムを1900年代には構築していたが、アポロ11号計画では、人類が月面に降り立つという偉業を証明するためにも、より多くの人々にその瞬間の映像を見てもらう必要があると考え、テレビ中継が決まったという。
月の軌道や着陸時間などを考慮し、映像信号を受信するのに適した天文台を世界各地で探した結果、米国やスペイン等と共にオーストラリアから2ヶ所が選ばれた。1ヶ所は、キャンベラのハニーサックル・クリーク追跡ステーション 、もう1つがパークス天文台だ。
ハニーサックル・クリークは、当時、冷戦時代の象徴ともいえる「宇宙開発競争」の一環であった米国のアポロ計画のために、オーストラリアの首都キャンベラ近郊に造ったNASAの施設。南半球のオーストラリアは、地球の周回軌道における宇宙船追跡などの地理的条件に適しているのだそうだ。
実は、アームストロング船長の月面への第一歩の映像は、ハニーサックル・クリークに設置された直径26メートルの電波望遠鏡が担った。中継班が設置されたヒューストンに送られてきた映像が、共に月からの主信号を受信していた米国ゴールドストーンのものよりも鮮明だったらしい。
しかし、その8.5分後に送られてきたパークスが受信した映像のほうが、さらに鮮明であったため、NASAは急遽、メイン映像をパークスのものに切り替えた。そして、そこからの月面活動の様子を生中継で2時間12分に渡って送り続けたのが、パークスだったのだ。
いきなりメイン映像を担うことになったパークス。当日は、安全運用風速25km/h(時速)を遥かに超える110km/hの強風が吹き荒れる最悪の天候で、月面探索を行う宇宙飛行士との時間調整にも手間取るなどのトラブルが続いたというから、現場のてんやわいやは、いかばかりだったろうか。この当日のドタバタは、後述する映画にもなったほどだ。
パークスの町の顔となっている巨大電波望遠鏡
今年で開業60周年を迎えたパークスの電波望遠鏡は、建設に3年を要し、1961年10月31日に稼働開始。直径64メートル、重量は上半分だけで1,000トンにも及ぶ。天文学に特化した南半球最大のシングル・ディッシュ望遠鏡の1つで、地元では「The Dish(ディッシュ)」の愛称で呼ばれ、町のアイコンとして親しまれている。
It took three years to build the enormous structure (the top half weighs 1000 tonnes - as much as two 747s!) and on 31 Oct 1961, The Dish came into operation.
-- SpaceAustralia.com (@SpaceAusDotCom) October 26, 2021
And yes, it was built in the middle of a sheep paddock!https://t.co/1BVtTJOq97#SpaceAustralia
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天文台といえば、丘や山の上などの高い場所に造られるイメージがあるが、パークスでは町から約20km離れた平地の羊を飼うパドック(放牧場)のど真ん中に造られた。高い場所のほうが「宇宙に近いから」という意見もあるようだが、周囲に人工的な障害物がなければ大丈夫なのだろう。
現在も、電波望遠鏡の周囲には羊が放たれ、草を食み、建設当時とほとんど変わらないのどかな風景が広がっている。
月面着陸中継当日のパークスの様子を描いた映画「The Dish」(2000年)の邦題「月のひつじ」は、こうした風景から名付けられたものだ。映画は若干脚色があるが、町の人々までも巻き込んでのドタバタぶりが愉快で、当時の雰囲気が伝わってくる。
再び月へのミッションを担うことになったパークス
パークス天文台の最新ミッションは、日本も参加している2024年予定の「アルテミス計画 」と呼ばれる有人月面着陸計画だ。巨大なパークスの電波望遠鏡は、月面から送信される大量のデータを受信可能だとして選ばれた。(参照)
60歳の還暦を迎え、再び人類を月に送るために動き出したディッシュとパークス天文台。半世紀以上、宇宙を見つめてきたディッシュのさらなる活躍に期待したい。Happy Birthday, Dish!〈了〉
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
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