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平野美紀|オーストラリア

「オーストラリアが感染ゼロ戦略を断念」という話の真相

ロックダウン中は、一部の公園の遊具が閉鎖されるところも… (Credit:Thurtell-iStock)

豪首相、「感染ゼロ戦略」を断念』という見出しの日本語記事が出たことで、Twitterを中心にSNSでは、オーストラリアはゼロ戦略を諦めた...という話題でもちきりになった。

記事にはこうある。

オーストラリアのモリソン首相は22日、厳格な国境封鎖やロックダウン(都市封鎖)によって新型コロナウイルスの「市中感染ゼロ」を目指す戦略を断念したことを認めた。・・(略)

「都市封鎖を永遠に続けることはできない。どこかの段階でギアチェンジをする必要がある」と述べた。・・(略)

この記事の内容だけだと、オーストラリアの国内事情を説明しておらず、一足飛びに「もう感染者数にはこだわらず、感染蔓延していてもロックダウンはせずに、ウィズコロナに方針転換する」かのような印象を受ける。そのため、「オーストラリアは、ロックダウンに意味がないことにようやく気づいた」「オーストラリアは、ゼロ戦略を諦めてウィズコロナに方針転換した」という意見まで飛び交った。

だが、そういう話ではない。

モリソン首相の「ロックダウンを永遠に続けることはできない」という核心部分を理解するためには、オーストラリアの国内事情を知る必要がある。

オーストラリアはロックダウンをやめるのか?

この記事のソース元は、豪ABCの「Insiders」というインタビュー番組だ。

このインタビューでモリソン首相は、「(現在、感染抑制できていないニューサウスウェールズ州のデルタ株感染拡大を踏まえ、新規感染ケースを)ゼロに戻すのは難しいだろう」と述べ、「永遠にロックダウンしているわけにはいかない」と、ワクチンの完全接種率が70~80%に達すれば、ロックダウンを減らし、州境を開けるという提案に、(以前のミーティングで)各州政府が合意したという話をしている。

なぜ、こんな話をするのかというと、今、オーストラリアで大きな懸念材料となっている州境規制問題の解決策を模索しているからだ。今の状態は、どこかの州で1~数件程度の感染者がでると、すぐさま州境を閉鎖し、感染者がでた州からの入州を拒否する措置を各州がとっている。つまり、感染者がでるとロックダウンし、これを受けて、感染者がでていない他州がロックアウト(感染蔓延地区から人を流入させない)して、すぐさま該当地区の全住民を拒否する状況が続いているのだ。

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シドニーでアウトブレイクが発生し、ロックダウンとなったため、ビクトリア州がニューサウスウェールズ州民に対して州境を閉鎖。州境検問があるという表示。(Credit:Daria Nipot-iStock)

そこで、このままではキリがないと、「少しの感染者数ですぐにこのような措置をとるのではなく、ワクチン接種率が上ったら、こういう措置は止めようではないか」という話し合いが連邦政府と各州政府の間で行われた。その中で、ワクチン接種率が70~80%になったらロックダウンをできる限りせず、州境閉鎖も行わないという連邦政府の提案に、(以前のミーティングで)各州政府も概ね合意したというのが、この話の核心だ。

オーストラリアは連邦制のため、連邦政府と各州政府がそれぞれ独自に権限を持っており、その国の成り立ちから、州政府の権限が強い。だから、国(連邦政府)として方針を決めても、それはあくまでも大筋であって、細かいところを決めたり、実際に対策を行ったりするのは各州政府の判断に委ねられている。



接種率に関係なく、ロックダウンは今後も必要に応じて実施すると州政府

感染の連鎖を断つ方法は、もちろんロックダウンだ。

昨年、ビクトリア州が1日数百件を超える新規感染ケースが続いて感染拡大した際、感染制御対策における連邦政府の方針(下に記載)とは異なり、elimination strategy(ウイルスを排除=ゼロにする戦略)に近い形をとるとしたことで、連邦政府のコロナ対策専門家が問題視したことがあった。(参考

しかし、ビクトリア州は、長期間に及ぶ厳格なロックダウンで新規感染ケースを0とし、ゼロコロナを達成。実質的にウイルスを排除した形となった。この時の経験が大きいせいか、ビクトリア州は、現在も感染拡大兆候が見られるなら、直ちにロックダウンするという姿勢を崩さない。

そのため、今回の騒動になったモリソン首相のインタビューの件でも、ビクトリア州のアンドリュース州首相は、「ワクチン接種率が80%になったとしても『ロックダウン』という選択肢を除外しない。政治的なゲームにすることはできない。これは公衆衛生の問題だ」と突っぱねた。(参照

また、西オーストラリア州首相も「今のNSW州の状況だけで慌てて判断しなくてもよい。必要であればこれからもロックダウンする。その選択肢があることは国の方針に明記されている」と述べた。(参照

クイーンズランド州政府も同様の考えを示し、モリソン首相の話はニューサウスウェールズ州が感染拡大する前のことだとしたうえで、「(現在、感染拡大中でロックダウンしている)ニューサウスウェールズ州がワクチン接種率80%に達しても、(感染状況次第で)州境を開けない可能性がある」と警告した。(参照

各州政府とも、感染の連鎖を断つロックダウンとロックアウトの重要性を強く認識しており、今すぐ方針を転換する気はなく、状況を見ながらであるという姿勢がうかがえる。どの州も、感染者が見つかり次第、迅速に判断し、ロックダウンをするなら時間との勝負であることを身にしみて感じているからだろう。

他州がこうした状況で、現在、感染制御できずにロックダウン中のニューサウスウェールズ州だけが「もうロックダウンしない」というわけにはいかない。だから、今もワクチン接種を進めながらロックダウンを継続しているし、限りなくゼロに近づくまで解除することは難しいのではないかと思う。

このように、州によって方針が異なるうえ、連邦政府とも認識が食い違っていることが多いから、一概に「オーストラリアはこうだ」と言えないのだ。

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ロックダウン中のシドニー都市圏では、買い物等で店舗に入店する際、QRコードによる入店/退店記録を行うことが義務付けされ、違反者には罰金が科される。(Credit:Kirsten Walla-iStock)

そもそもオーストラリアは感染者ゼロを目指す戦略ではなかった

以前のコラムに「ゼロコロナの本当の意味」として書いたように、オーストラリアでのゼロコロナとは、『新規市中感染ケースをできる限り「ゼロ」の状態に保つことで、すぐに感染者を発見でき、次の人にウイルスを渡さない対処をすることで、感染拡大を素早く抑えることができる』ということで、感染がずっと0という意味ではない。

モリソン首相は、先日のスカイニュースのインタビューでも、「COVID zero(ゼロコロナ)」について訊かれ、こう答えている。

「オーストラリアが目指してきたのは、感染者をできる限り少なくし、コミュニティ(地域社会)内での感染ケースをゼロに近づけることだ」(参照

もともと、オーストラリアは国として、パンデミック初期から、ニュージーランドがとってきた『elimination strategy(ウイルスを排除=ゼロにする戦略)』ではなく『suppression strategy(ウイルスを制御する戦略)』をとってきた。(参照

だが、感染症対策の基本である感染の連鎖を断ち、対象を絞り込み過ぎず、広く検査を行い、早めに感染者を隔離してきたことで、結果的に感染者が0になってきていた...というのが実態といえる。

・・・というわけで、「ウィズコロナ(live with virus ウイルスとの共生)」というのも、今になってでてきたわけではなく、昨年からずっと言われてきたことで、いまさら驚くことでもない。そもそもモリソン政権は、この新型コロナウイルスについて、ワクチン接種等で免疫を獲得し、最終的には普通のインフルエンザや既知の感染症並みに手軽に治療できるようなることを目標としている。

とにかく、未曾有の感染症パンデミックなのだから、今後の方針についても不透明な部分が大きい。現時点でわかっているのは、オーストラリアも諸外国同様、国民へのワクチン接種をとにかく速く推進したいという点くらいか。

オーストラリアは、連邦政府と州政府の意見の対立があり、一枚岩ではないことを踏まえ、今後の状況次第でコロコロと変わっていくことが予想されると肝に銘じ、シドニー市民としては、とりあえずは今回のロックダウンを乗り切りたいところだ。〈了〉

 

Profile

著者プロフィール
平野美紀

6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。

Twitter:@mikihirano

個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/

メディアコーディネーター・ブログ:https://waveplanning.net/category/blog/

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