コラム

米最高裁の中絶権否定判決で再び注目される『侍女の物語』

2022年07月02日(土)15時20分

2016年大統領選挙の予備選の時、若い女性のバーニー・サンダース支持者が「ヒラリー・クリントンが大統領になっても、ドナルド・トランプが大統領になっても同じ」、「私はP****(女性器の呼称)で投票しない」といったことを誇らしく語るのを何度か耳にしたが、「ロー対ウェイド判決」をリアルタイムで体験していなかった若者にとってはHandmaid's Taleは「ありえない架空の世界」だったのだ。ところが、トランプ政権になってすぐにアメリカの雰囲気は変わった。そして、たった4年間で超保守の判事が3人も任命されて最高裁は6-3で大幅に保守に傾き、こうして「ロー対ウェイド判決」が覆されたのだ。

Gileadはもはや「ありえない架空のディストピア」ではない。トランプが就任した時にこの暗い未来を予想していた者は私を含めて少なくない。トランプ政権下の緊張感の中で刊行された続編の『The Testaments』はブッカー賞を受賞した。

続編は前作から16年ほど立ったGileadだ。ここでは女性にはWife、Handmaid、Martha、Auntという4つの階級しかない。上流階級の娘は良き妻になる教育を受け、十代のうちに年上の司令官や上官の幼妻になる。上流階級の家で料理や掃除を行う女は全てMarthaと呼ばれ、何人のMarthaを所有するかで一家の主人の重要さがわかるようになっている。文字が読めるのはAuntだけで、その他の女は文字を学ぶことも読むことも禁じられている。掟を破った者は広場で絞首刑になるか、司令官たち専用の娼婦にされる。革命前にはフェミニストだった元女性判事が男性主権国家の主要人物になるところなど、現実の恐ろしさをそのまま表現しているともいえる。

民主主義や人権がいかに脆弱かを教えてくれる重要な2部作だが、若い世代が本書を読むことで、アメリカは再び方向を変えてくれるのだろうか。

悲観的になりつつも、希望は失いたくないと思っている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

加・メキシコ関税4日発動、回避「余地なし」とトラン

ワールド

米が挑発強めていると金与正氏、北朝鮮の核抑止力強化

ワールド

NYなど民主党系知事、トランプ氏が解雇した連邦政府

ワールド

パキスタン・アフガン国境付近で銃撃戦、兵士1人死亡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 7
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    生地越しにバストトップがあらわ、股間に銃...マドン…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 8
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 9
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story