コラム

「文化の盗用」は何が問題で、誰なら許されるのか? あるベストセラーが巻き起こした論争

2020年08月04日(火)09時15分

誰が書いたのか知らずに読んだら、きっとメキシコ系アメリカ人だと思うことだろう。それくらい、主要人物にすんなりと感情移入できる。トランプ政権が行った親子引き離し政策に憤りを覚え、犠牲になりがちな女性や不法移民を救いたくなる本だ。この小説に対して「文化の盗用だ」と怒っている人は、たぶん「(当事者でもないのに)その文化の代表者のように語っている」と感じた人たちなのだろう。また、「せっかく本物のラテン系の作家がいるのに、なぜわざわざ白人作家の本を売るのか?」と抗議する人もいる。ハリウッドの映画界がマイノリティの登場人物を白人の俳優に演じさせるために、マイノリティの俳優がなかなか職を得ることができなかったことにも関連した意見だ。

それでも私はこの小説を「文化の盗用だ」と怒る人々に賛成できない。

American Dirtは、これまで不法移民に対して無関心だったアメリカ人が、社会問題として捉えてくれるきっかけになるようなフィクションである。次に、この小説が爆発的に売れたことで、出版社は不法移民をテーマにした小説を積極的に出版しようとするだろう。このテーマに無関心だった読者が目覚めて、「同じような本をもっと読みたい」と思うからだ。そうすれば、文化を本当に知る中南米出身の作家がもっと多くデビューできるだろう。

怒るよりも、私はその未来を応援したい。

『American Dirt』
Jeanine Cummins
(邦訳:『夕陽の道を北へゆけ』〔早川書房刊行〕)

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プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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