コラム

「文化の盗用」は何が問題で、誰なら許されるのか? あるベストセラーが巻き起こした論争

2020年08月04日(火)09時15分

日本文化に関連した有名な例はキム・カーダシアンが発表した補正下着のKIMONOブランドかもしれない。私の友人や知人を含む多くの日本人が「それは着物ではない」と抗議してネットでも炎上し、カーダシアンはブランド名を取り下げた。カーダシアンの補正下着は着物とはまったく似ても似つかないものであり、「文化の盗用」というより無知をさらけ出した恥ずかしい例と言えるかもしれない。けれども、KIMONOがブランド名として商標登録されてしまったら、とんでもない下着が国際的なKIMONOになり、本当の日本の着物について使えなくなる可能性もあった。だから、抗議して取り下げてもらうことは重要だった。

日本の着物といえば、AMA(アメリカン・ミュージック・アワード)でのケイティ・ペリーのパフォーマンスが炎上したこともあった。

面白いと思ったのは、これに対する私と娘の反応の違いだった。ケイティ・ペリーのパフォーマンスについて、日本で生まれ育った私は「20世紀の半ばならともかく、今だに日本と中国をごっちゃにしている」と苦笑した程度だったのに、日本人と白人のミックスであり日本では育っていない娘のほうは「文化の盗用だ」と憤慨していたのだ。この違いは、娘はアメリカが母国のアメリカ人なのに、見知らぬ白人から「おまえの国に帰れ!」と怒鳴りつけられるような差別をされるアジア系アメリカ人としての体験があるからだろう。

アメリカでは、最近でも、プロムでチャイニーズドレスを着た白人女子高生がSNSで「文化の盗用」だと叩かれた事件があった。

私は(娘を含めて)これらの怒る人々には同感できない。そういうことでいちいち怒っていたら、アジアの国々で現在行われている結婚式でウエディングドレスを着ることはできなくなる。キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝っている人々は皆泥棒になってしまう。

「文化の盗用」が問題になるのは、盗まれた人々と盗んだ人々との間に、たとえば搾取や大虐殺などの暗い歴史的な関係があった場合だろう。あるいは、現在の社会において盗まれた人々を傷つけるものだ。または、よくわかってもいないのに、その文化の代表者のように語ることも「文化の盗用」とみなされる。

他者の文化を使った人たちが、その文化を持つ人々を見下げ、悪いステレオタイプを広めるとしたら、それは許してはならない「文化の盗用」ということになるだろう。その他の場合は、他者の文化が好きでやっていることなのだから、喜ぶべきことではないだろうか。

小説に関しても、私は同じように考えている。本人あるいは先祖がその文化を持つ人しかフィクションを書いてはいけないとなると、有名な古典の数々もアウトになってしまう。現在でも、第二次世界大戦中のポーランドやフランスを舞台にした小説を書くアメリカ人作家は多く、世界的なベストセラーにもなっている。ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロだって生まれた国とは異なる文化について書いている。それらに対して「文化の盗用」だと問題になっているのを見たことがない。

では、このAmerican Dirtはどうだろう?

<関連記事:警官と市民の間に根深い不信が横たわるアメリカ社会の絶望

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

防衛費増額、国の要請に基づき準備と対応進める=三菱

ビジネス

中国万科、18日に再び債権者会合 社債償還延期拒否

ビジネス

中国11月鉱工業生産・小売売上高、1年超ぶり低い伸

ワールド

自国第一主義で米独連携を、MAGA派イベントでAf
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story