コラム

人類の歴史を変えたパンデミックを描いたノンフィクション

2020年04月03日(金)17時00分

エイズ/後天性免疫不全症候群(AIDS/HIV)

pandemic06.jpg
エイズがアメリカでミステリアスな疾患として話題になりかけていたころ、私は英国留学からいったん日本に戻り、大学病院で看護師をしていた(本職は助産師だったが、勉強のために循環器内科を希望したのだ)。暇な夜勤のときに、入院中の大学教授が「興味深い記事がある」とTIMEマガジンの記事を見せてくれたのがエイズについて知ったきっかけだった。その記事を読んでからはカポジ肉腫の患者が入院するたびにナーバスになっていたのだが、医療現場でも当時はエイズについて知る人も、感染を恐れる人もいなかった。

エイズについては、初期には同性愛の男性特有の病気とみなされていて、それが差別や政策の遅れにつながった。そういった初期の失敗をしっかり記している代表作が、『And the Band Played On』である。


エボラ出血熱(Ebola)

pandemic07.jpg
パンデミックのノンフィクションとして多くの人が真っ先に思い出すのが1994年に刊行された『The Hot Zone』ではないだろうか。昨年アメリカのナショナルジオグラフィックでテレビドラマ化され、日本でも放送された。エボラ出血熱撲滅のために尽くす研究者たちの戦いがまるでスリラーのように描かれており、これによって疫学に興味を抱き、将来を決めたというティーンもいたようだ。

導入部分はケニア西部に住んでいたフランス人男性が「マールブルク・ウィルス」に罹患する経路を解説したものだが、この部分がすでに相当に衝撃的だ。マールブルクもエボラも全身に出血を起こして多臓器不全を起こす致死率が高いフィロウィルスだ。この恐ろしいマールブルクですら、フィロウィルス感染症のなかでは最もマイルドで、一番恐ろしいのがザイール・エボラだという。10人中9人が死亡するという部分はいまだに忘れられない。この本は、微生物や病原体を取り扱う格付けである「バイオセーフティ(Biosafety:生物学的安全性)レベル」という用語が一般に広く知られるきっかけにもなった。

◇ ◇ ◇


パンデミックの最中にパンデミック本を読むのは気が滅入るものだ。しかし、過去の失敗と成功、それらが与えた長期的な影響を読むと、現在私たちが直面しているCOVID-19について少し冷静に考えることができるようになる。

COVID-19は、過去のパンデミックのように私たちと、私たちが住む世界を根こそぎ変えるのではないか。それが将来の人類にとって良い変化になるのかどうかは、私たちの行動しだいなのだろう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story