- HOME
- コラム
- ベストセラーからアメリカを読む
- 人類の歴史を変えたパンデミックを描いたノンフィクシ…
人類の歴史を変えたパンデミックを描いたノンフィクション
エイズ/後天性免疫不全症候群(AIDS/HIV)
エイズがアメリカでミステリアスな疾患として話題になりかけていたころ、私は英国留学からいったん日本に戻り、大学病院で看護師をしていた(本職は助産師だったが、勉強のために循環器内科を希望したのだ)。暇な夜勤のときに、入院中の大学教授が「興味深い記事がある」とTIMEマガジンの記事を見せてくれたのがエイズについて知ったきっかけだった。その記事を読んでからはカポジ肉腫の患者が入院するたびにナーバスになっていたのだが、医療現場でも当時はエイズについて知る人も、感染を恐れる人もいなかった。
エイズについては、初期には同性愛の男性特有の病気とみなされていて、それが差別や政策の遅れにつながった。そういった初期の失敗をしっかり記している代表作が、『And the Band Played On』である。
エボラ出血熱(Ebola)
パンデミックのノンフィクションとして多くの人が真っ先に思い出すのが1994年に刊行された『The Hot Zone』ではないだろうか。昨年アメリカのナショナルジオグラフィックでテレビドラマ化され、日本でも放送された。エボラ出血熱撲滅のために尽くす研究者たちの戦いがまるでスリラーのように描かれており、これによって疫学に興味を抱き、将来を決めたというティーンもいたようだ。
導入部分はケニア西部に住んでいたフランス人男性が「マールブルク・ウィルス」に罹患する経路を解説したものだが、この部分がすでに相当に衝撃的だ。マールブルクもエボラも全身に出血を起こして多臓器不全を起こす致死率が高いフィロウィルスだ。この恐ろしいマールブルクですら、フィロウィルス感染症のなかでは最もマイルドで、一番恐ろしいのがザイール・エボラだという。10人中9人が死亡するという部分はいまだに忘れられない。この本は、微生物や病原体を取り扱う格付けである「バイオセーフティ(Biosafety:生物学的安全性)レベル」という用語が一般に広く知られるきっかけにもなった。
パンデミックの最中にパンデミック本を読むのは気が滅入るものだ。しかし、過去の失敗と成功、それらが与えた長期的な影響を読むと、現在私たちが直面しているCOVID-19について少し冷静に考えることができるようになる。
COVID-19は、過去のパンデミックのように私たちと、私たちが住む世界を根こそぎ変えるのではないか。それが将来の人類にとって良い変化になるのかどうかは、私たちの行動しだいなのだろう。
英王室から逃れたヘンリー王子の回想録は、まるで怖いおとぎ話 2023.01.14
米最高裁の中絶権否定判決で再び注目される『侍女の物語』 2022.07.02
ネット企業の利益のために注意散漫にされてしまった現代人、ではどうすればいいのか? 2022.03.08
風刺小説の形でパンデミックの時代を記録する初めての新型コロナ小説 2021.11.16
ヒラリーがベストセラー作家と組んで書いたスリル満点の正統派国際政治スリラー 2021.10.19
自分が「聞き上手」と思っている人ほど、他人の話を聞いていない 2021.08.10