コラム

人類の歴史を変えたパンデミックを描いたノンフィクション

2020年04月03日(金)17時00分

外出規制が実施されているニューヨークでは街頭の人影もまばら Eduardo Munoz-REUTERS

<14世紀のヨーロッパを激変させたペスト(黒死病)から、偏見によって対策が遅れた20世紀のエイズまで、パンデミックの歴史を知れば今の危機とも冷静に向き合える>

複数の国あるいは世界全域という広範囲で大人数の感染者が出る大きなパンデミックは、歴史を振り返ると、政治、経済、衛生観念などを大きく変えるきっかけになった。現在、世界中で渡航制限や「ロックダウン」を余儀なくさせているCOVID-19(新型コロナウイルス)は、すでに多くの国に経済的な打撃を与えており、しかも終焉が見えない。

人々は、怯えながらも、過去のパンデミックから何かを学ぼうとしている。パンデミックに関する本は非常に多いのだが、どれかを選ぶのは難しい。そこで、アメリカでふたたび売れている作品をいくつか紹介したい。

それぞれに、時代背景が大きく影響を与えていることがわかる本であり、そこに読み応えがある。


ペスト/黒死病(Plague、Black Death)

pandemic01.jpg
ペスト(腺ペスト)は人類の歴史で何度か大流行を繰り返しているが、最も有名なのは14世紀にヨーロッパで人口の30〜60%を殺した史上最大のペスト流行だろう。皮膚のあちこちに出血斑ができ、手足に壊死を起こして黒くなることから黒死病(Black Death)とも呼ばれている。歴史ノンフィクションだけでなく、多くの小説の題材にもなっている。

1978年刊行で1980年に全米図書賞を受賞した 『A Distant Mirror』は、13世紀に大きく進歩して繁栄したヨーロッパが14世紀になってから経済的困窮、政治の不安定、戦争、パンデミックといった危機を迎えた歴史を振り返るものだ。


天然痘(Small Pox)

pandemic02.jpg
天然痘は、古くは紀元前のエジプト王朝から存在したと言われており、後に世界中で何度も流行を繰り返してきた。アメリカ大陸では、スペイン人が持ちこんだ天然痘が免疫のなかった多くのアステカとインカの人々を殺し、帝国は滅亡した。天然痘撲滅に貢献した種痘が行われるようになったのは、1721年のボストンでの流行である。当時のボストンは革命戦争前夜であり、種痘の始まりにはボストンの政治も絡んでいた。そのあたりを描いたのが、『The Fever of 1721』だ。初期に犯罪扱いされていた種痘が後に世界を救うことになった歴史を再確認できて感慨深い。



コレラ/ブロード・ストリートのコレラの大発生(cholera)

pandemic03.jpg
コレラのパンデミックは史上7回起こっており、パンデミックまでいかない「アウトブレイク」も起こし続けている。その中でも英語圏でよく読まれているのが、1854年のロンドンでの大流行を語る『The Ghost Map』だ。「ブロード・ストリート(ゴールデン・スクエア)のコレラの大発生」として知られるこの大流行は、公衆衛生の観念を変え、衛生施設の建設を進めた。この大発生の因果関係を突き詰める人々の努力がドラマチックだ。



スペインかぜ/1918パンデミック(Spanish Flu)

pandemic04.jpg
インフルエンザはこれまで何度も大流行しているが、歴史上最も有名なのが、通称「スペインかぜ」と呼ばれる1918年のインフルエンザ・パンデミックだろう。通常のインフルエンザで死亡するのは高齢者や幼児が多いのだが、この1918インフルエンザの場合は若い男性の犠牲者が多かった。その理由として「サイトカインストーム(免疫の過剰反応)」を疑う専門家もいるが、第一次世界大戦での戦場の劣悪な環境が最大の原因だと考える者もいる。

アメリカでよく読まれているのは次の2冊である。
▼『FLU The Story of the Great Influenza Pandemic』
▼『The Great Influenza: The Story of the Deadliest Pandemic in History』

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏、「アメリカ党」結成と投稿 中間選挙にらみ

ワールド

米テキサス州洪水の死者32人に、子ども14人犠牲 

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story