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良くも悪くもイメージを変えられないヒラリーの回想録
むろん、すべての読者がヒラリーに共感するわけではない。
発売の翌日のアマゾンのレビューは、5つ星が90%で1つ星が5%の平均4.8だった。この時点では、3つ星評価はなんと0%だった。
アメリカの政治家の本は、それが保守であれリベラルであれ、支持者からの5つ星と不支持者の1つ星という極端な評価ばかりが集まる。こと政治になると、本の感想ではなく、人気投票になってしまうのだ。ヒラリーの新刊の評価が高くなっている最大の要因は、これまでとは異なり、アマゾンが購入もせずに評価する人を取り除いていることだ。
アマゾンのアルゴリズムの是非はここではさておき、わざわざ1つ星を与えるために本を購入している人が5%もいるというのは興味深い。普通なら、どんなに嫌いな政治家であっても、選挙に負けたら忘れるものだ。ところが、ヒラリーに関しては、悪評価をするために本をわざわざ購入する人がこんなにいるのだ。それだけ影響力を持つ人だともいえる。
アマゾンやGoodreads、その他のサイトで実際に読んだ人のレビューを比較すると、「非常に率直。ヒラリーを誤解している人はぜひ読むべき。ここに書かれていることを理解し、アメリカの将来のために活かすべき」というポジティブなものか、「言い訳ばかり。全部他人のせいにしているが、有権者をムカつかせたお前自身の責任だ」というネガティブなものにはっきり別れている。
ポジティブな意見を持つ人と、ネガティブな意見を持つ人の世界は、同じ人物を評価しているとは思えないほど異なる。それだけでなく、「政治とは何か?」「政治家とは何をする人なのか?」という見解も大きく異なる。同じアメリカに住んでいながらも、大きくすれ違っている。
これは、選挙中にソーシャルメディアで人々が交わしていた意見とほとんど変わらない。まるで、いまだに選挙を戦っているような雰囲気だ。選挙中の取材でも感じたことだが、これは、ある一定のグループが共有する「ナラティブ」の違いを反映しているような気がする。
「ナラティブ(narrative)」とは、「ストーリー、あるいは、ある出来事の説明」のことだ。「特別な見解や主張を支持するために注意深く選ばれた出来事、体験などをつなぎ合わせ、説明するストーリー」というニュアンスもあり、聖書もナラティブのひとつだ。
『Sapiens(サピエンス全史)』で著者のユバル・ノア・ハラリが書いていたが、「神、国家、通貨、人権」といったイマジネーションの中にしか存在しないものを信じるユニークな能力があるからこそ、サピエンスは大人数の社会を構成することができた。宗教にせよ、経済にせよ、政治にせよ、多くの人が「ナラティブ」を信じ、共有するからこそ存在できるのだ。
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