コラム

良くも悪くもイメージを変えられないヒラリーの回想録

2017年09月22日(金)16時00分

むろん、すべての読者がヒラリーに共感するわけではない。

発売の翌日のアマゾンのレビューは、5つ星が90%で1つ星が5%の平均4.8だった。この時点では、3つ星評価はなんと0%だった。

アメリカの政治家の本は、それが保守であれリベラルであれ、支持者からの5つ星と不支持者の1つ星という極端な評価ばかりが集まる。こと政治になると、本の感想ではなく、人気投票になってしまうのだ。ヒラリーの新刊の評価が高くなっている最大の要因は、これまでとは異なり、アマゾンが購入もせずに評価する人を取り除いていることだ。

アマゾンのアルゴリズムの是非はここではさておき、わざわざ1つ星を与えるために本を購入している人が5%もいるというのは興味深い。普通なら、どんなに嫌いな政治家であっても、選挙に負けたら忘れるものだ。ところが、ヒラリーに関しては、悪評価をするために本をわざわざ購入する人がこんなにいるのだ。それだけ影響力を持つ人だともいえる。

アマゾンやGoodreads、その他のサイトで実際に読んだ人のレビューを比較すると、「非常に率直。ヒラリーを誤解している人はぜひ読むべき。ここに書かれていることを理解し、アメリカの将来のために活かすべき」というポジティブなものか、「言い訳ばかり。全部他人のせいにしているが、有権者をムカつかせたお前自身の責任だ」というネガティブなものにはっきり別れている。

ポジティブな意見を持つ人と、ネガティブな意見を持つ人の世界は、同じ人物を評価しているとは思えないほど異なる。それだけでなく、「政治とは何か?」「政治家とは何をする人なのか?」という見解も大きく異なる。同じアメリカに住んでいながらも、大きくすれ違っている。

これは、選挙中にソーシャルメディアで人々が交わしていた意見とほとんど変わらない。まるで、いまだに選挙を戦っているような雰囲気だ。選挙中の取材でも感じたことだが、これは、ある一定のグループが共有する「ナラティブ」の違いを反映しているような気がする。

「ナラティブ(narrative)」とは、「ストーリー、あるいは、ある出来事の説明」のことだ。「特別な見解や主張を支持するために注意深く選ばれた出来事、体験などをつなぎ合わせ、説明するストーリー」というニュアンスもあり、聖書もナラティブのひとつだ。

『Sapiens(サピエンス全史)』で著者のユバル・ノア・ハラリが書いていたが、「神、国家、通貨、人権」といったイマジネーションの中にしか存在しないものを信じるユニークな能力があるからこそ、サピエンスは大人数の社会を構成することができた。宗教にせよ、経済にせよ、政治にせよ、多くの人が「ナラティブ」を信じ、共有するからこそ存在できるのだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story