コラム

良くも悪くもイメージを変えられないヒラリーの回想録

2017年09月22日(金)16時00分

大統領選の間に、アンチ・ヒラリーの有権者の間で何度も耳にした特定のナラティブがあった。それは、「ワシントンの政治家は腐敗している」「ウォール街を解体すれば、大学を無料にできる」「それに反対する政治家は、ウォール街から買収されている」といったものだ。

それらは、政治集会で耳にしたフレーズであったり、ソーシャルメディアで仲間が共有していたものだったりした。

サンダース支持者とトランプ支持者には共通のシンプルなナラティブがあったが、ヒラリー支持者にはなかった。それは、サンダースとトランプが、有権者を説得できるナラティブを巧みに使ったことを示している。

だが、現代アメリカが抱えている問題は、国民が自分に与えられたナラティブを過信しているところにあるのではないか。

ナラティブは、事実の場合もあれば、フィクションの場合もある。また、その境界が不明なものも。だが、多くの人は、それを意識せずにネットで情報を集め、「真実」として交換する。実際には、ロシアが仕組んだフェイクニュースの数々を読んでいたり、洗脳された人の書いたソーシャルメディアを読んだりしているのに、話を聞くと「自分で能動的に信頼ある情報を探し出した」と強く信じていた

フェイクニュースが伝統的なメディアを圧倒した2016年の大統領選挙の影響は未だに続いており、フェイクニュースの正体が明らかになった現在でも、フェイクニュースを信じた人はその内容を信じ続けている。トランプの支持者の一部は、いまだにオバマ元大統領が外国で生まれたイスラム教徒だと信じているくらいだ。

ヒラリーの最大の失敗は、回想録で分析したことよりも、有権者に浸透しやすい「ナラティブ」を見つけられなかったことかもしれない。

オバマ大統領の元で国務長官を務めたときのヒラリーは、国民から69%という高い支持を受けていた。それは、実際にすばらしい仕事をしただけでなく、「かつてのライバルの元で、国のために献身的に働く国務長官」という、わかりやすくてポジティブなナラティブがあったからでもある。彼女は、メディアがそのナラティブを継続的に使ってくれることを期待していたのだろう。

しかし、大統領候補になったときに、ヒラリーは新人のつもりでナラティブを作り直すべきだったのだ。彼女は、メディアに「公正な」ナラティブを作ってもらうことを期待しすぎた。政治イベントで政策について詳細にわたって語るヒラリーをメディアが無視して「eメール」にこだわったのは、そちらのほうが視聴者に売りやすい「ナラティブ」だったからだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story