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良くも悪くもイメージを変えられないヒラリーの回想録
これまでの回想録では、正しいことを言おうとする努力や、言いたいことをがまんする硬さが「ヒラリーの回想録は退屈」という評価につながっていた。だが、『What Happened』には、これまでになかったような本音や率直な意見だけでなく、ユーモアも盛り込まれている。
たとえば、大統領就任式でのシーンだが、トランプの「アメリカ第一」という排他的な演説に対して、出席していたジョージ・W・ブッシュ元大統領が「That was some weird shit(なんともけったいな戯言だったな)」とテキサス式単刀直入な表現で感想を言ったことについて、「私もおおいに同感」と書いている。
また、「この本を読んでいる人の多くが、将来大統領選で負けるとは思わないけれど」と書いた後で(でも、もしかしたら読んでいる人がいるかも。ハイ、ジョン、ハイ、ミット、元気にしてる?)と、2008年の敗北者ジョン・マケイン、2012年の敗北者ミット・ロムニーに呼び掛けたりしている。
トランプのプーチンに対する過剰な関心と寛容を「ブロマンス」(恋人ではないけれど、それ以上にロマンチックな男性同志の友人関係)と呼び、プーチンに会ったときのことを「プーチンと会談したとき、地下鉄で横柄に脚を広げてほかの人の席を独り占めしている 男性みたいだった」とも表現している。
トランプへの批判は、周知の事実ばかりなのでここに書く必要はないが、ヒラリーは、リベラルのメディアも強く批判している。
選挙中の偏った「公平さ」だけではない。選挙後のメディアに流行っている「都市部のインテリ批判」もそうだ。繁栄に取り残された地方の白人たちのやるせない気持ちを民主党が汲み取り損ねたのは事実だが、だからといって、高学歴者や高収入者が言い訳をしなければならないような「反知性主義」的な雰囲気が高まっているのは問題だ。<参考記事「トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実」>
それについて、ヒラリーはこう書いている。
「大統領選以降、マスコミの評論家たちが型通りのトランプ支持者をやみくもに崇拝するがあまり、東海岸と西海岸に住む大卒の学歴を持つ者の意見を、見当違いだとか、現実に疎いとか言って却下する。それに対して気が狂いそうになる」
「負けたのだから黙って消えてくれ」とか「言い訳は聞きたくない」という批判も予期していて、ヒラリーはこう反論している。
「終わってしまった大統領選を少しでも『ほじくり返す』ような発言は聞きたくはないという人がいるのは理解できる。みな疲れ切っている。トラウマを抱えている人もいる。政治からは距離を置いて、国家の安全という分野に絞ってロシアについて語りたい人もいる。それらすべてがよくわかる。けれども、何が起こったのかを理解するのは重要だ。なぜなら、二度と同じことを繰り返さないための唯一の方法だから」
こうも書いている。
「もしすべてが私のせいだと認めてしまうと、メディアは内省をする必要がなくなってしまう。共和党はプーチンの介入が大したことではないと言うだろうし、民主党は自分たちの思い込みと処方に疑問を持つ必要がない。そのままふんぎりをつけて次に進んでしまう」
ヒラリーの回想録で最も重要なのは、実はここではないかと思うのだ。私たち有権者は、敗北者にすべての責任を押し付け、自分では内省もせずに前に進んでしまう。ジョージ・W・ブッシュが勝ち、アル・ゴアが負けたときもそうだった。イラク戦争が起こり、いまだに続いているのは、ブッシュだけではなく、アメリカ国民のせいでもあるのだ。
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