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「誰かに認められたい」10代の少女たちの危うい心理
インドを訪問した体験から、ウィルソンはマンソンの提案するライフスタイルに興味を持ち、ミュージシャンとしてデビューしたいマンソンを音楽プロデューサーに紹介した。その話が決裂してマンソンが逆恨みしたのが、シャロン・テート殺人事件のきっかけだと言われている。映画監督ロマン・ポランスキーの妻シャロン・テートを含む5人がマンソンの信奉者の少女たちに殺されたが、元々のターゲットは、彼らではなくこの家に以前住んでいた音楽プロデューサーだった。
妊娠しているテートが命乞いをしたとき、「ビッチ、お前に同情なんかはしないんだよ」と言って、何度もナイフで刺したのが、見た目が普通の少女だったというのもショッキングな事件だった。
内容は酷似してるものの、『The Girls』はチャールズ・マンソン事件を再現する小説ではない。10代の少女の心理に踏み込んでいく。
マンソンの信者の少女たちのように、エヴィが憧れたスザンヌたちは、「自由意志」で残酷な殺人を犯す。Summer of Loveで、若い女性が見知らぬ男性たちに身体を提供したのも「自由意志」だ。だが、孤独で愛に飢えた年若い少女たちの「自由意志」は、本当に「自由意志」だったのだろうか?
殺人にしても、フリーセックスにしても、行動した少女らが自分で考えついたものではない。元々は(それを利用する)年上の男性が作りあげたものだ。なぜ、彼女たちは、簡単に操られてしまうのか?
エヴィが憧れ、親しくしていた少女たちは、ラッセルの命じるままに、残酷な殺人を犯す。エヴィがそこにいなかったのは、スザンヌが彼女を仲間に加えなかったからだ。もし一緒にいたら、自分も殺人に関わっていたかもしれない。スザンヌがエヴィを放り出したのは、思いやりからなのか、それともラッセルに関係する嫉妬からなのか......。何十年もたった今、エヴィは過去の自分やコミューンの少女らを、距離を置いて眺める。すると、14歳のときには見えないことが見えてくる。
エヴィだけでなく、当時は大人っぽく見えたスザンヌですら、「誰かに認められたい」「愛されたい」という10代の少女の脆弱な心理を抱えていた。そして、彼女たちはようやく獲得できたプライドを守るために、「自由意志」というコンセプトにしがみついた。
クラインは非常に抑えた表現で少女の危うい心理を語る。25歳の新人とは思えない文章の成熟さが意外だった。派手な作品ではないところに、この小説の価値がある。
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