コラム

驚くほど現代に似ているアメリカ建国時代の権力闘争

2016年03月23日(水)17時00分

米財務省前には初代財務長官のハミルトンの銅像が立っている bpperry-iStock.

 12年前の2004年に刊行された、アメリカ建国時代に活躍した政治家アレクサンダー・ハミルトンの伝記が、再びベストセラーになっている。

 再流行のきっかけは、ブロードウェイのミュージカル『Hamilton』だ。もともとはオフ・ブロードウェイで小さくスタートしたのだが、またたく間に人気になり、ミュージカルアルバム部門でグラミー賞を受賞した今ではチケット入手が難しくなっている。

「建国時代の政治家の人生」と「ミュージカル」という組み合わせも意外だが、ハミルトン役のリン=マヌエル・ミランダ(Lin- Manuel Miranda)をはじめ主要なキャストがラテン系やアフリカ系アメリカ人で、音楽はジャズやラップというのも型破りだ。

 ニューヨーク生まれのミランダの両親は、アメリカの自治連邦区であるプエルトリコの出身だ。カリブ海にあるこの島は、「アメリカであってアメリカではない」という立場にある。ミランダが偶然手に取ったChernow著の『Alexander Hamilton』に惚れ込み、ミュージカルの製作だけでなく、脚本、作詞作曲、主演までこなしたのは、カリブ海で生まれ、移住したニューヨークを拠点にしたハミルトンに強い親近感を抱いたからだろう。

 ハミルトンは、すべてにおいて型破りな人物だった。18世紀なかばにイギリス領西インド諸島で内縁関係の父母の間に生まれたハミルトンは、10代で孤児になり、独学で文筆家としての才能を発揮して、 経済的な援助を集め、ニューヨークに留学する機会を得た。キングスカレッジ(現在のコロンビア大学)で経済学や政治学を学ぶかたわら、独学で広い分野の知識を蓄え、またたく間に頭角を現した。

【参考記事】オバマの歴史的キューバ訪問で、グアンタナモはどうなる?

 ハミルトンは頭脳明晰なだけでなく、独立戦争に従軍して軍人としての才能も発揮し、後に初代大統領となるジョージ・ワシントン総司令官の副官として活躍した。建国後は合衆国憲法の草稿を執筆し、ワシントン大統領のもとで、初代の財務長官になり、「国立銀行」の設立を果たした。ハミルトン自身は大統領にはなっていないが、「Federalist(フェデラリスト)」の党首として、建国初期の大統領誕生の背後で影響力を持った人物だ。

「多才」という表現が陳腐に感じるほど多くの分野での卓越した才能があり、しかも20代前半の若さで国の重要な職に就いたハミルトンは、性格も言動も「ふつう」の領域をはるかに超えていたようだ。

 口が達者で、女性を魅了し、群衆を説得するのが得意だが、いったん自分が正しいと思い込んだら相手を論破し、意見を押し通すために敵を作りやすかった。後見人のような立場だった初代大統領ワシントンといさかいを起こして口をきかなかった時期があり、第二代大統領のジョン・アダムズとその妻アビゲイルからは徹底的に憎まれ、財務長官時代に国務長官を務めたトーマス・ジェファーソンとは理念のうえでまったく共通点がない政敵だった。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story