コラム

驚くほど現代に似ているアメリカ建国時代の権力闘争

2016年03月23日(水)17時00分

 だがチャーミングで社交的だったことでも知られ、20代後半に恋愛結婚した妻エリザベスとの間に8人の子どもをもうけながら、36歳のときに13歳年下のあやしい身元の女性マリア・レイノルズと情事を持つことになる。マリアの夫から脅迫されて口止め料を払い、それが「汚職」の証拠だと糾弾されたときには、政治家・弁護士としての潔白さを証明するために自ら情事の詳細を公にしたという複雑な人物でもある。 そして、49歳(年齢については異論あり)のとき、政敵のアーロン・バーに「決闘」で命を奪われた。

 決闘に強く反対してきたハミルトンが、決闘に応じたのは不思議だ。だが、彼は名誉を守るために決闘を受けたものの、挑戦者のバーを撃つつもりは最初からまったくなかった。ハミルトンは「空撃ち」で決闘をシンボリックに解決する方法を想定しており、決闘に臨む前に友人たちにはそれを語り、書面での証拠も多く残している。

 バーのほかにも敵が多かったハミルトンだが、この劇的な死により、国民は「英雄」として彼をたたえ、副大統領まで務めたバーは「英雄を殺した卑怯者」とみなされて政治生命を失った。

 ハミルトンという人物の劇的な人生もさることながら、建国時代の政治家たちが「アメリカをどのような国家にするべきか?」という理念で大衝突した部分が非常に興味深い。

 建国当時にパワーを持っていた政党は、Federalist(フェデラリスト)だ。そして、敵対する政党は、Democratic-Republican(通称リパブリカン、だが現在の共和党ではない)。

 2つの党の違いを簡単にまとめるとこうだ。

「フェデラリスト」(代表的政治家:アレクサンダー・ハミルトン、第2代大統領ジョン・アダムズ、連邦裁判所の初代長官ジョン・ジェイ、ニューヨーク州知事デウィット・クリントン)――ボストンなどニューヨークより北部の知識階級のエリート、裕福な商業階級が中心。教育を受けていない民衆はモラルが低く無知なので、エリートで構成された強い政府がまとめる必要がある。投票権を得る条件は厳しくするべき。製造業、商業、銀行、貿易を奨励。

「リパブリカン」(代表的政治家:第3代大統領トーマス・ジェファーソン、第4代大統領ジェイムズ・マディソン、第7代大統領アンドリュー・ジャクソン)――南部の農業主、中小の商業主が中心。高等教育を受けていない者が多い。ふつうの民衆にも十分自律はできる。投票権はすべての国民に(ただし、黒人と女性はのぞく)。国家の権限は最低限にし、州に強い権限を与える。シンプルな農業優先政策。金持ちではなく、小規模な農家、平民を助ける政策。

 フランス革命についても、ハミルトンとジェファーソンの意見は鋭く対立した。市民による革命を手放しでたたえるジェファーソンに対して、群衆による暴動を嫌うハミルトンは、革命後にも興奮が収まらず国が不安定になることを予期した。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択

ワールド

中国、二国間貿易推進へ米国と対話する用意ある=商務

ビジネス

ノルウェー・エクイノール、再生エネ部門で20%人員
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story