コラム

アメリカ人の想像を絶する日本の「草食男子」

2015年09月16日(水)17時10分

インターネットの普及でアメリカの恋愛事情はどんどん変化している Martin Cvetkovic-iStockphoto

 日本ではほぼ無名の存在だが、Aziz Ansari(ファンはシンプルにAzizと呼ぶ)はアメリカの若者の間で大人気のコメディアンだ。

 両親はインド出身のイスラム教徒で、父親は消化器系の専門医、高校までは理数系の進学校......という「真面目で優秀なインド系アメリカ人」のステレオタイプだったのに、なぜか無宗教のスタンドアップコメディアン(日本の漫才を一人でやるような感じ)になってしまったというユニークな人物だ。今はテレビのコメディドラマで俳優もやっている。

 私もAzizのライブを観たことがあるが、多少お下劣なことを口にしているときでも知性が透けて見える。そういうところが大学生にもウケるところだろう。

 今年になって「Azizが本を書いた」という噂を聞いたときには「よくあるユーモア回想録だろう」と思った。人気コメディアンの回想録はたくさんあるし、しかもよく売れる。Azizが書いたものなら、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリストのナンバー1は間違いなしだ。

 ところが、Azizが書いたのは回想録ではない。ニューヨーク大学の社会学教授Eric M. Klinenbergと共著した「恋愛の社会学」のレポート『Modern Romance』だ。こういうところが普通のコメディアンとは違う。

 社会学の本だからちゃんと調査もしているし、データもある。それを示すグラフもたくさん掲載されているので、ハードカバーで読もうと思ったのだが、読み比べた後でオーディオブックの方を選んだ(データも言葉で説明してくれる)。なんといっても、Aziz自身が読んでいるのがいい。紙媒体で読むより、ずっ と彼のユーモアのセンスを感じる。

 その内容は、インターネットによって男女の恋愛・結婚観や行動がいかに変わったのかを検証するものだ。

 二世代前には人々は自宅の周辺で結婚相手を見つけ、最高にハッピーではなくても、まあまあ満足して添い遂げた。ところが現在はスマートフォンひとつで、Tinderといったソーシャルメディアを使い、数えきれないほどの「潜在的デート相手」を得ることができる。

 選択肢が増えたら、好きな相手を見つけて幸せになれる人も増えそうなものだが、Azizと共著者Ericの調査では、そうではないらしい。昔の人はパートナーに多くのものを求めなかったが、最近の若者は完璧な「ソウルメイト(深い精神的な繋がりを感じる運命的なパートナー)」を求める。昔なら全然モテなかったような人でもスマートフォンのアプリでより好みをするようになり、なかなか相手を決めることができない。ようやくデートを実現しても「ほかにもっと良い人がいたかもしれない。選択を間違ったかも......」と満足できなくなっているというのだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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