コラム

霧ヶ峰で古代の自然信仰に出会う 「歩く」ことで人生の歩みを再確認

2020年03月23日(月)18時30分

◆雄大な山岳風景に宿る縄文狩猟文化の名残り

7R408958.jpg

車山山頂からはスノーシューを履いて下山

暖冬とはいえ、2月中旬の車山山頂はまだ雪が残っていた。そのまま歩くと、ところどころで足が埋まってしまう。「せっかくここまで担いできたことでもあるし」と、スノーシューをはいた。僕は子供時代の一時期をカナダで過ごしたのだが、当時の北米では、まだテニスラケット状の木製のスノーシューが主流だった。広大なカナダの雪原を自在に歩く爽快さは今でも忘れられない。ジュラルミン製の現代風のスノーシューは、こちらに来てから初めて使ったが、これで山がちな信州の冬の自然を歩くのも悪くない。雪が少ない昨今、太平洋側の気候の当地では必需品とまではいかないが、毎年理由をつけては、スノーシューの山歩きを楽しんでいる。

7R408982.jpg

御嶽山を正面に見ながら進む

7R409137.jpg

霧ヶ峰に至る遊歩道で出会った登山犬

車山の鞍部に当たる車山肩を経て、自動車道路の「ビーナスライン」沿いの遊歩道を歩いて観光施設やグライダーの飛行場がある霧ヶ峰の中心地に至る。一帯は、車山湿原、八島湿原がなどの貴重な湿原地帯が広がるエリアだが、ここもまた、縄文文化的に重要な場所であることはあまり知られていない。諏訪大社には、狩猟・戦の神の側面もあり、その源流は、諏訪大社が祭るタケミナカタ(古事記に伝わる神話時代の神。諏訪神)が諏訪の地に来る前の、古代の自然信仰に遡ることができる。

諏訪大社の重要な神事の一つに、御射山(みしゃやま・みさやま)祭という狩猟の成功や自然への感謝、武運長久を祈願する祭祀がある。諏訪大社は、諏訪市の「上社」と諏訪湖を挟んだ下諏訪町の「下社」に分かれるが、霧ヶ峰には下社の御射山祭が行われる旧御射山社があるのだ。諏訪湖畔にある下社の神事がなぜ、霧ヶ峰の頂で行われるのか。御射山祭自体が現在は形骸化しいいて(大規模に行われていたのは鎌倉時代まで)、起源も古すぎてはっきりせず、真相は分からない。ただ、付近には大規模な縄文遺跡があり、霧ヶ峰から八ヶ岳にかけての山岳エリアは、鏃(やじり)などの材料として縄文時代の狩猟文化を支えた黒曜石の一大産地であった。御射山祭の源流は、狩猟の成功を祈る古代の祭祀だったのかもしれない。

7R409017.jpg

山小屋などの建物が並ぶ車山の鞍部「車山肩」。右奥の八島湿原付近が御射山祭の舞台

◆「ガボッチョ」が見下ろす草原地帯から諏訪の町へ

7R409191.jpg

霧ヶ峰から諏訪へ降りる道。草原が広がる神秘的な光景

7R409186.jpg

ガボッチョの向こうに富士山が顔を出していた

車山肩を過ぎて、霧ヶ峰観光の中心にあるドライブインに到着。ここからはスノーシューを脱いで舗装道路に出て、諏訪大社が控える麓をめがけて歩を進める。途中の踊場(おどりば)湿原まで、広大な草地が広がる霧ヶ峰高原独特の神秘的な光景が広がる。急峻な森林地帯が多い日本の山岳風景の中では珍しい光景かもしれない。ヒースと呼ばれる丘が連なるイギリスの荒野の雰囲気にも似ている。ここには「ガボッチョ」という風変わりな名前の山があって、僕はその名前と周囲の独特な景観に惹かれて、2度ばかり登ったことがある。ちなみに、ほかにも、うちの別荘の方向にはカシガリ山、諏訪湖の先には高ボッチ山というカタカナ名の山がある。アイヌ語だとか、樫の木を狩る山だとか、ダイダラボッチ(日本各地に伝わる伝説の巨人)が休憩したからだとか諸説あるが、どれもはっきりとした由来は分からない。いずれにしても、これら"カタカナ山"もまた、諏訪の神秘性を高めているのである。

7R409244.jpg

踊場湿原から霧ヶ峰方面を見上げる。正面は古代の霊山・蓼科山、右の頂はガボッチョ

踊場湿原を過ぎると、歩を進めるごとに下界の臭いが増す。西日が差す頃には、現代社会を象徴する鉄塔が視界に入った。その先で、現代建築の内外装用に利用されている鉄平石の採掘場に行き当たる。黒曜石が狩猟文化を支えた原石なら、鉄平石は現代消費社会の縁の下の力持ちだ。さらに下ると、里山の木々の間から夕暮れの諏訪湖が見えてきた。そこから、ゴルフ場の脇を経て諏訪の市街地が見えてきた頃には、すっかり日が暮れていた。町の光、車と列車の音が、古代の山岳ロマンに浸っていた心を現実に引き戻す。

7R409276.jpg

山岳風景と別れを告げると、現代の建築材に用いられる鉄平石の採掘場があった

7R409306.jpg

日没時に諏訪湖とご対面

7R409350.jpg

ついに見えてきた諏訪の町の光

この旅の前半のルートの指標としてきた国道20号を横断すると、諏訪湖に注ぐ宮川にかかる橋の手前に、大きな石の鳥居が出現した。その鳥居から約3km続く道路が、諏訪大社上社の参道である。鳥居の前には、朝一緒に歩いてくれた愛犬が迎えに来ていた。次回は、諏訪信仰の核心地で、日本人のルーツに肉薄する。

7R409431.jpg

諏訪大社上社参道入口の鳥居でゴール。愛犬が迎えに来ていた

map3.jpg

今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:白樺高原→諏訪大社上社参道(https://yamap.com/activities/5624987)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=22.6km
・歩行時間=9時間2分
・上り/下り=644m/1201m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story