霧ヶ峰で古代の自然信仰に出会う 「歩く」ことで人生の歩みを再確認
◆雄大な山岳風景に宿る縄文狩猟文化の名残り
暖冬とはいえ、2月中旬の車山山頂はまだ雪が残っていた。そのまま歩くと、ところどころで足が埋まってしまう。「せっかくここまで担いできたことでもあるし」と、スノーシューをはいた。僕は子供時代の一時期をカナダで過ごしたのだが、当時の北米では、まだテニスラケット状の木製のスノーシューが主流だった。広大なカナダの雪原を自在に歩く爽快さは今でも忘れられない。ジュラルミン製の現代風のスノーシューは、こちらに来てから初めて使ったが、これで山がちな信州の冬の自然を歩くのも悪くない。雪が少ない昨今、太平洋側の気候の当地では必需品とまではいかないが、毎年理由をつけては、スノーシューの山歩きを楽しんでいる。
車山の鞍部に当たる車山肩を経て、自動車道路の「ビーナスライン」沿いの遊歩道を歩いて観光施設やグライダーの飛行場がある霧ヶ峰の中心地に至る。一帯は、車山湿原、八島湿原がなどの貴重な湿原地帯が広がるエリアだが、ここもまた、縄文文化的に重要な場所であることはあまり知られていない。諏訪大社には、狩猟・戦の神の側面もあり、その源流は、諏訪大社が祭るタケミナカタ(古事記に伝わる神話時代の神。諏訪神)が諏訪の地に来る前の、古代の自然信仰に遡ることができる。
諏訪大社の重要な神事の一つに、御射山(みしゃやま・みさやま)祭という狩猟の成功や自然への感謝、武運長久を祈願する祭祀がある。諏訪大社は、諏訪市の「上社」と諏訪湖を挟んだ下諏訪町の「下社」に分かれるが、霧ヶ峰には下社の御射山祭が行われる旧御射山社があるのだ。諏訪湖畔にある下社の神事がなぜ、霧ヶ峰の頂で行われるのか。御射山祭自体が現在は形骸化しいいて(大規模に行われていたのは鎌倉時代まで)、起源も古すぎてはっきりせず、真相は分からない。ただ、付近には大規模な縄文遺跡があり、霧ヶ峰から八ヶ岳にかけての山岳エリアは、鏃(やじり)などの材料として縄文時代の狩猟文化を支えた黒曜石の一大産地であった。御射山祭の源流は、狩猟の成功を祈る古代の祭祀だったのかもしれない。
◆「ガボッチョ」が見下ろす草原地帯から諏訪の町へ
車山肩を過ぎて、霧ヶ峰観光の中心にあるドライブインに到着。ここからはスノーシューを脱いで舗装道路に出て、諏訪大社が控える麓をめがけて歩を進める。途中の踊場(おどりば)湿原まで、広大な草地が広がる霧ヶ峰高原独特の神秘的な光景が広がる。急峻な森林地帯が多い日本の山岳風景の中では珍しい光景かもしれない。ヒースと呼ばれる丘が連なるイギリスの荒野の雰囲気にも似ている。ここには「ガボッチョ」という風変わりな名前の山があって、僕はその名前と周囲の独特な景観に惹かれて、2度ばかり登ったことがある。ちなみに、ほかにも、うちの別荘の方向にはカシガリ山、諏訪湖の先には高ボッチ山というカタカナ名の山がある。アイヌ語だとか、樫の木を狩る山だとか、ダイダラボッチ(日本各地に伝わる伝説の巨人)が休憩したからだとか諸説あるが、どれもはっきりとした由来は分からない。いずれにしても、これら"カタカナ山"もまた、諏訪の神秘性を高めているのである。
踊場湿原を過ぎると、歩を進めるごとに下界の臭いが増す。西日が差す頃には、現代社会を象徴する鉄塔が視界に入った。その先で、現代建築の内外装用に利用されている鉄平石の採掘場に行き当たる。黒曜石が狩猟文化を支えた原石なら、鉄平石は現代消費社会の縁の下の力持ちだ。さらに下ると、里山の木々の間から夕暮れの諏訪湖が見えてきた。そこから、ゴルフ場の脇を経て諏訪の市街地が見えてきた頃には、すっかり日が暮れていた。町の光、車と列車の音が、古代の山岳ロマンに浸っていた心を現実に引き戻す。
この旅の前半のルートの指標としてきた国道20号を横断すると、諏訪湖に注ぐ宮川にかかる橋の手前に、大きな石の鳥居が出現した。その鳥居から約3km続く道路が、諏訪大社上社の参道である。鳥居の前には、朝一緒に歩いてくれた愛犬が迎えに来ていた。次回は、諏訪信仰の核心地で、日本人のルーツに肉薄する。
今回の行程:白樺高原→諏訪大社上社参道(https://yamap.com/activities/5624987)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=22.6km
・歩行時間=9時間2分
・上り/下り=644m/1201m
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