コラム

電子戦再考:米陸軍で「サイバー電磁活動」の検討が始まっている

2016年04月04日(月)16時45分

サイバー電磁活動(CEMA)一般公開された米陸軍の「FM3-38:サイバー電磁活動」から

 映画007シリーズには時々荒唐無稽な兵器が登場する。それがおもしろさを引き立てるスパイスでもある。1995年に公開された『007 ゴールデンアイ』では、ソ連が開発したとする設定のEMP爆弾が登場する。

 EMPとは電磁パルス(electromagnetic pulse)のことで、EMP爆弾は、コンピュータなどを電磁的に壊したり、誤作動させたりすることが知られている。EMP爆弾はサイバー戦(cyber warfare)の前の電子戦(electronic warfare)の時代にはよく議論された。

消えたハワイの街灯

 1962年に米軍が太平洋でスターフィッシュ・プライム(Starfish Prime)と呼ばれる核実験を行ったが、それがEMP爆弾と同じ効果を引き起こし、実験場から1445キロメートル離れたハワイの街灯が消え、盗難警報器を鳴らし、マイクロ波通信回線を不能にした。1445キロメートルと言えば、だいたい東京から九州までの距離である。

 当時はまだパソコンが普及していない時代だったが、現代で同じことが起きれば各種コンピュータを不能にするなど広範な被害が出る可能性がある。街灯が消え、信号が止まり、電車が動かず、携帯も使えず、テレビやラジオも止まる。半導体チップをたくさん積んだ最近の自動車も動かないだろう。コンピュータの中に蓄積された電子データも消滅する。

電子戦への再注目

 最近、国際会議などでサイバーセキュリティの話をしていると、電子戦に言及する人が増えてきた。サイバー攻撃によって重要インフラストラクチャが狙われ、社会的な機能の喪失が懸念されているが、一つ一つのインフラにサイバー攻撃を仕掛けるよりも、EMPを使った方がまとめて一定地域の社会機能を全部奪えるではないかということである。

 ただし、問題はどうやってEMP爆弾による攻撃が行うかという点である。『007 ゴールデンアイ』では、ソ連が密かに開発した人工衛星が地上の標的めがけてビームを発射するように打ち込み、地上の機器を破壊していた。しかし、実際に人工衛星発射によるEMP爆弾が開発されているとは考えにくい。

高高度核爆発

 現実に使えるEMP爆弾として想定されてきたのは核の高高度核爆発である。高度100キロメートルを超えるような高いところで核爆発を発生させるとEMP爆弾になる。ということは、核兵器を持つと同時に、そうした高高度にそれを持っていく能力を持っていないといけないことになる。一般の旅客機が飛ぶのが10キロメートル(3万6000フィート)ぐらいだから、その10倍の高さまで運ぶにはロケットが必要になる。

 つまり、一般人が行える攻撃ではない。『007 ゴールデンアイ』でもソ連が作った兵器システムが悪者ハッカーに乗っ取られることになっているが、悪者ハッカーが最初から作れる兵器システムではない。すでに存在し運用されていれば、それに対するサイバー攻撃と乗っ取りは大きな懸念材料となるが、EMP爆弾を簡単に可能にする兵器システムで現在運用中のものはおそらくないだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story