コラム

ティム・クックの決断とサイバー軍産複合体の行方

2016年02月26日(金)11時00分

サイバーセキュリティと消費者保護について議論を行うホワイトハウス主催のサミットで講演するアップルのCEOティム・クック。2015年2月13日 Robert Galbraith-REUTERS

 アップルが米国政府の要請にもかかわらず、iPhone端末のアンロックを拒否して問題になっている。エドワード・スノーデンによる機密暴露以降、米国政府とIT業界の関係は疑問にさらされてきた。法的な枠組みに基づいているとはいえ、IT業界が政府に協力して大量の顧客情報を渡していたことに批判が高まっていた。アップルはそうした批判に答えるため、iPhoneのユーザーが自ら行わない限り、端末のアンロックをできなくした(それ以前はできたということでもある)。

 中央情報局(CIA)長官が講演でアップルに改善を求め、連邦捜査局(FBI)や司法省は裁判所を通じてアップルに対しアンロックに協力するよう命令を出したが、アップルは拒否している。

【参考記事】テロ捜査の地裁命令にアップルが抵抗する理由(冷泉彰彦)

 スノーデン事件以後、米国政府とIT業界の間の距離は徐々に開きつつある。端末事業者だけでなく、サービス事業者やコンテンツ事業者もまた、たやすく政府の要請には応じなくなり、令状などを厳しく求めるようになっている。英国は、スノーデン事件以後に明らかになった諸問題を整理し、法的な問題を解決するため、調査権限規制法(RIPA)という2000年に作られた法律を改正しようとしている。しかし、Facebookなど大手の事業者が懸念を表明している。

 政府によるサイバーセキュリティ対策の増大に伴って発展してきた「サイバー軍産複合体」は変化の時を迎えようとしているのだろうか。

軍産複合体

 冷戦さなかの1961年1月、任期満了を迎えたドワイト・アイゼンハワー米大統領は、その退任演説の中で、「軍産複合体」が行使しうる国家や社会に対する過剰な影響力ついて懸念を表明した。1945年の第二次世界大戦終結前から兆候が見え始めた冷戦は、戦後に深刻さを増していった。膨らむ軍事予算を当て込んだ産業界が熾烈な予算獲得競争を繰り広げ、価格が高く、そして利幅の大きい兵器やシステムを米軍に売り込もうとした。ソ連に勝つために最新の強力な兵器を欲しがる軍部の予算は右肩上がりになった。

 冷戦時代の軍産複合体はミサイルや戦車、戦闘機、戦艦、潜水艦といったハードウェアの生産・調達を通じて多大な利益をもくろむ産業界の意向と、予算と人員の拡大を求める軍の意向が合致することで成立していた。その結果、安くて効率的な兵器ではなく、高くて精度も分からない兵器が調達される恐れもあった。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story