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秘密裏だったイギリスのサイバー諜報活動が、オープンに強化される
TalkTalk事件
ところが、2015年10月になって電話とブロードバンド・インターネット・サービスを提供するTalkTalkから顧客情報がもれたことが分かり、大騒ぎになった。サイバーセキュリティ関係者の誰もが言及する事件としては、英国では初めての事例といって良いだろう。TalkTalkの利用者はパスワードの変更や利用クレジットカードの変更などに追われることになった。
ところが、盗まれた顧客情報も、完全なものではなかったことが分かり、クレジットカード番号も、一部をXXXXのように隠したものだったため、騒ぎの割には、被害の実額はほとんどなかったようである。
おもしろいことに、このTalkTalkのサイバー攻撃で逮捕されたのは、外国の洗練された攻撃者ではなく、英国内の10代の少年たちだった。攻撃の手法もそれほど洗練されたものではなく、よくあるフィッシング攻撃だったとされている。
てこ入れさせるGCHQ
それでも、TalkTalk事件は、英国がサイバー攻撃とは無縁でないことを示すことになり、この分野の英国の専門家たちは、こぞってこの事件について議論しており、10代の少年たちにできるぐらいなのだから、もっと高い攻撃者たちから国民を守るのは難しいと指摘している。
英国には、米国の国家安全保障局(NSA)のカウンターパートとなる政府通信本部(GCHQ)がある。歴史から見れば、GCHQのほうが先輩といっても良い。第二次世界大戦までは能力もGCHQのほうが上だった。現在では、使える人員と予算という点でNSAの後塵を拝するようになっているが、英国のサイバーセキュリティの要はGCHQである。
英政府通信本部(GCHQ) photo:wikimedia
TalkTalk事件があり、また、11月13日にパリでテロ事件があった後の11月17日、ジョージ・オズボーン財務大臣がGCHQを訪問し、サイバーテロ対策を強化すると表明した。2020年までに予算を倍増させ、「ISの脅威に対抗するためには、彼らの軍事だけでなくネットの脅威にも対抗しなくてはならない」という。
オズボーン財務大臣は、10月に中国の習近平国家主席が訪英した際、中国寄りだと批判されたが、将来首相の座を狙える人材だという評価もある。そうした将来性のある政治指導者であり、予算を担う財務大臣がGCHQを訪問して予算を倍増するという演説をするということは、GCHQに対する期待が非常に高いということを示しているだろう。
ポスト・スノーデン時代に入る英国のサイバー・インテリジェンス活動
英国におけるSIGINT(通信傍受・解析)活動の根拠となってきた法律の一つが、調査権限規制法(RIPA)である。しかし、2013年6月のエドワード・スノーデンによるNSAおよびGCHQの機密情報暴露以後、GCHQは米国のフェイスブックやグーグルから顧客情報を得るのが難しくなった。GCHQはデビッド・キャメロン首相に、そうしたIT企業が国家安全保障を損ねていると警告したという。報道によればGCHQは、スノーデン事件のあった2013年に合計50万件の情報請求をRIPAに基づいて行ったが、フェイスブックは受け取った請求の3分の1、ヤフーは4分の1を拒否したという。さらにヤフーは、英国法の及ばないアイルランドのダブリンに拠点を移したという。
危機感を強めた英国政府は、RIPAおよび関連法の改定を検討している。RIPAの条項は、素人が読んでもほとんど意味が分からない。専門家によると、「行間を読む」必要があるという。
パリのテロなど、ISの脅威の高まりは、RIPA改正を容易にする追い風になるかもしれない。しかし、歴史的にインテリジェンス活動に寛容だった英国民も、政府の権限拡大には慎重になってきている。かつては徹底的に秘密であろうとしたGCHQも、オズボーン財務大臣訪問の際の写真を公開するなど、オープンな姿勢を打ち出している。国民を守るのが使命とはいえ、過剰な秘密主義では国民の支持を得るのは難しくなっている。スノーデンの暴露による嵐が徐々に収まりつつある中、GCHQは新たな姿を模索し始めている。
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