コラム

サイバー攻撃で、ドイツの製鋼所が甚大な被害を被っていた

2015年09月01日(火)17時30分

 第一のスタックスネットは、これまでで最も危険なサイバー攻撃、それも物理的な影響を与えたサイバー攻撃として知られてきた。核開発を進めるイランの施設に送り込まれ、遠心分離機を制御していたシーメンス社のシステムを誤作動させ、イランの核開発を遅らせることに成功したといわれている。キム・ゼッターの『Countdown to Zero Day』によれば、非常に精巧で、気づきにくい仕組みが組み込まれており、個人や数人のグループで行うのは不可能とされている。例えば、核施設の管理計器には異常を知らせる動きが全く見えないにもかかわらず、実際の遠心分離機は誤作動し続けていた。ニューヨークタイムズ紙が、スタックスネットは米国とイスラエルの共同作戦だったと報じて物議を醸したが、両国政府は認めていない。

 第二のハヴェックスは、セキュリティ会社のFセキュアが見つけたもので、制御システムを狙ったマルウェアである。ハヴェックスはPHP言語で書かれたRAT(Remote Access Trojan:リモート・アクセスを可能にするトロイの木馬型のマルウェア)である。「ハヴェックス」という名前は、プログラムの中に「havex」という言葉がコメントとして書き込まれていたことに由来する。

 ハヴェックスは制御システムのメーカーのウェブサイトに埋め込まれ、ダウンロードされるように仕込まれていた。Fセキュアは88種類のハヴェックスのバリエーションを見つけており、それらを解析した結果、146のC&C(Command and Control)サーバーにつながっていたことを確認している。

 第三のブラックエネジーは、2011年には使われ始めたと見られている。このマルウェアは、インターネットに接続された「ヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)」で見つかっている。HMIは制御システムの処理をわかりやすくビジュアル化するソフトウェアである。ブラックエネジーが実際の被害をもたらした事例は確認されていない。

 いずれにせよ、ドイツのBSIが示した溶鉱炉事件は、政府機関が認めた制御システムへのサイバー攻撃としては、スタックスネットに続く2例目ということになる(スタックスネットは米国政府とイスラエル政府は認めていないものの、イラン政府がサイバー攻撃の存在を認めている)。

エアギャップを飛び越える

 被害の事例数は確かにまだ多くないが、制御システムを狙うウイルスやマルウェアは現に登場してきている。多くの制御システムはインターネットから隔絶しているが、それでも少なからぬ割合のシステムがインターネットにつながっている。システムのアップデートなどのために一時的に接続しなくてはならない場合もあるだろう。長期間にわたって同じソフトウェアを使い続けると想定することは、もはや現代ではできない。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story