コラム

原発事故の後も日本が原発ゼロを目指さなかったのはなぜか?

2020年12月10日(木)14時45分
西村カリン(ジャーナリスト)

福島第一原発の事故から日本は何を学んだのか AARON SHELDRICK-REUTERS

<福島第一原発の事故を機に世界的に原発推進は困難になったのに、当事者の日本政府が原子力政策を抜本的に変えていない不思議>

私は最近、福島第一原子力発電所に行った。9年間で6回目の取材だ。3.11の事故からおよそ10年がたったにもかかわらず、海外では福島第一原発の現場の現実、特に作業員の作業の内容、健康の管理などについて関心が高い。誰が、どうやってどの作業をするのか、安全であるのか、原子力業界のプロだけでなく一般のフランス人も知りたがっている。

私は福島原発に行くといつも作業員を見て、尊敬すべきと思うと同時に、そもそも事故を防ぐことはできたのではないかとも考える。

特に、原発の周りでめちゃくちゃになった空き家を見ると泣きたい気分になる。そこに住んでいた人々はどうなったのかと想像してしまうからだ。私は取材しながら、原発事故のひどさを何度も肌で感じた。

広島と長崎に原爆を投下されたにもかかわらず、日本が原子力を選んだのは理解しにくい事実だ。私が最近インタビューした被爆者は戦後に電力会社の社員になった。彼が勤めていた会社は1970年代に原発を始めた。「違和感か反対の気持ちはなかったか」と聞くと、「全くなかった」と言う。「原発と原爆は関係ないと思ったから」

これは象徴的な例だと思う。平和的な原子力は核兵器とは関係のない技術だ、原子力発電は安全だという戦略がいかに成功したかが分かる。

ただ福島第一原発の事故後、その戦略が崩壊した。海外でも多くの人が原子力発電の危険性を感じるようになった。もちろん、その前にも高速増殖原型炉もんじゅや東海村の事故はあったが規模がより小さく、福島第一原発事故ほどのインパクトはなかった。チェルノブイリ原発の事故もあったが、ソ連(現ウクライナ)だったので先進国とは事情が違うと思えた。

最先端技術と安全性を重視した日本でも大規模な原発事故が起きたのは想定外だった。そうなると、どこで同じような事故が起きてもおかしくないという結論になり、海外で原発反対派が増えた。特に私の母国であるフランスでは反原発運動が活発化した。全世界で原発計画の推進が困難になり、仏原子力大手のアレバは国の支援で生き残り、社名変更してオラノになったが元気はない。日本のメーカーも海外の原子力発電建設事業から撤退した。

日本政府が原子力政策を抜本的に変えていないことは不思議だ。福島第一原発事故の後で、なぜ小泉純一郎元首相のように全ての日本人が原発反対派にならなかったのか。日本政府は原発を再稼働するには安全性を強化しないといけないことは認識したが、原発ゼロは目指していない。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story