コラム

「軍事政権化」したトランプ政権

2017年04月10日(月)16時30分

すでに原子力空母カール・ビンソンを中心とする第1空母打撃群がシンガポールから朝鮮半島に向け出航したと米海軍は発表している。当面の作戦任務は北朝鮮のミサイル発射に対する対応であろうが、他にも様々な軍事的オプションを取り得ることが可能である。

現時点ではシリアの化学兵器使用のような明白な根拠がなく、仮に北朝鮮に対して軍事的な行動を取る場合、その報復として韓国、日本に対する攻撃が行われることは容易に想像できるため、単純に軍事的な手段を用いた解決とはならないだろうが、シリアへのミサイル攻撃の直後にこうした軍事的圧力を高める行動を取ることは、北朝鮮に対してどのようなシグナルを送ることになるのか、北朝鮮がそのシグナルを読み間違えて過剰反応する可能性がないわけではない。

また、ロシアとの関係についても、「軍事政権化」したトランプ政権の行動は良い方向に向かうとは考えにくい。これまでロシアとの関係は良好となることが予想されていたが、国内では選挙におけるロシアの介入やトランプ陣営のスタッフがロシアのスパイと接触していたことや、対ロ制裁に関する取引があったことなど、様々なスキャンダルが起こり、米ロ関係は非常に不安定な状況にあった。

しかし、今回のシリアへのミサイル攻撃によってロシアに事前通告したとはいえ、敵対的行為であることには変わりなく、ロシアが防空システムの強化や反政府勢力への攻撃支援を強化する結果をもたらす可能性は高い。また「軍事政権化」することで、ロシアとの関係もより緊張をはらんだものになると言えよう。

さらに問題となるのは中国との関係と思われる。5年に1回の共産党大会を秋に控え、新しい執行部を組織する中で習近平にとっては失敗することが出来ない首脳会談であり、とりわけ経済問題に関しては中国に対して厳しく批判するトランプ大統領といかに取引して保護主義的な政策をとらないようにさせるか、北朝鮮問題でも過剰な要求にならないようにするという重要なアジェンダを抱えていた。

結果的には全ての問題を先送りし、とりあえず表面上は友好的なムードを演出したことで取り繕うことは出来たが、中国が満を持して臨んだ首脳会談の最中に勝手にシリア攻撃を始め、新聞の一面を奪っていったことは中国とすれば面子をつぶされたに等しい。しかも、今回のシリア空爆が絶対にこのタイミングでなければいけないものでも、アメリカが攻撃を受けているといったわけでもないのに、このタイミングで行ったことは、中国に対する嫌がらせと取られてもおかしくないような行動である。

とはいえ、一番の直接的な問題は、果たして今回のシリアへのミサイル攻撃が混乱の続くシリア内戦を解決するどころか、内戦をより悪化させる可能性があると言うことである。

これまでシリアにおける政治交渉はアメリカ、ロシア、国連が主導して進めてきたが、アメリカは「イスラム国(IS)」との戦いを中心として反政府勢力を支援しており、ロシアはアサド政権を支援していたがISとの戦いを一応の建前にはしてきたため、なんとか米ロがシリア問題では対立する関係にならずに関与することが出来た。しかし、アメリカが突如としてアサド政権を標的にしたことで、米ロ関係がさらに不安定になり、それがシリアでの内戦の解決をより困難にする可能性は高い。

ティラーソン国務長官はそれでも政治的プロセスを重視すると発言する一方 、ヘイリー米国連大使はシリアのレジームチェンジ、すなわちアサド政権の軍事的な放逐まで言及している 。これは国務省が政策決定過程に関与できず、「軍事政権化」したホワイトハウスから明確な指示を得ていないまま発言している状況で、トランプ大統領自身、具体的な出口戦略を持ち合わせているとは考えにくい。この状態がシリア情勢をさらに混乱させることは間違いないだろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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