コラム

グローバル化にまつわるいくつかの誤解

2017年01月16日(月)15時15分

グローバル化は止められない

 トランプ氏の当選やイギリスのEU離脱は、グローバル化に不満を持っている人たちが立ち上がれば政治の力でグローバル化の流れを止められるという想定があり、彼らもそうやってキャンペーンを展開してきた。確かに、これまで新自由主義的グローバリズムに基づく政策をやめ、より保護主義的、重商主義的な政策をとるということは政治の力で可能である。しかし、上述したようにグローバル化という現象を止めることはできない。それはまさにトランプ氏やEU離脱派の人たちが寄って立つのが国家であり、その国家が存在し、国ごとに格差があるからこそグローバル化が進むという原理があるからである。

 なので、これからの論点になるのはグローバル化を止めるかどうかではなく、グローバル化の勢いをいかに制御し、コントロールできるか、という問題である。そのためには、国外からのヒト・モノ・カネの流れを制御しつつ、国内の経済が混乱しないようにする、というデリケートな政策のバランスが必要となるだろう。

 しかし、現時点までで明らかになっているのは、トランプ氏の政策はメキシコに移転する企業に脅しをかけるようなツイートを連発するだけで、その結果がどうなるか、ということを十分に考慮しない乱暴なものであるし、イギリスはEUを離脱して移民の制限をしながらもEUの単一市場へのアクセスを維持しようとして、EUから「いいとこ取りは認めない」という三行半を突きつけられ、今後の離脱戦略もまだ定まらない状態にある。

 これからの世界は「国家の復権」や「国家の若返り」といわれるような状況になるだろう。しかし、それはグローバル化に抗うというよりは、グローバル化をスマートに制御できるかどうか、ということでその成否が決まってくるだろう。つまり、うまくグローバル化を制御し、自国内の富の再分配を適切に行なって、国民の不満が爆発することを抑えられる国家が「勝ち組」となり、反グローバリズム運動の情動に身を任せ、非現実的な約束(しばしば偽ニュースやデマも含む)をして権力を奪い、その約束が実現できない国家が「負け組」になる、という世界になっていくと考える。

 その世界が抱えるリスクは、「勝ち組」はともかく、「負け組」が実現できない約束を無理やり実現するために、さらに暴力的な手段、つまり戦争や対外的な対立を煽り、それによってナショナリズムを鼓舞し、人々の不満を外に向かって発散しようとする誘惑が高まることである。

 ここにこのコラムのタイトルを「グローバル化と安全保障」とした意味がある。これからグローバル化に対抗する、ないしはグローバル化を制御しようとする過程で、安全保障の問題が重要な意味を持つようになるのではないかと考えている。このコラムがその意味を読み解くための一助となるのであれば、望外の喜びである。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米との鉱物資源協定、週内署名は「絶対ない」=ウクラ

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story