コラム

グローバル化にまつわるいくつかの誤解

2017年01月16日(月)15時15分

グローバル化はボーダレスな社会を作らない

 また、グローバル化は国境の敷居を下げ、世界中のあらゆる地域とつながり、ボーダレスな社会が出来上がるというイメージで語る人も少なからずいる。最終的には国家がなくなり、世界政府のようなものが出来上がるのではないかという期待を持つ向きもある。しかし、これは楽観的すぎるというより、グローバル化を誤って理解している結果と言えよう。

 確かに、自由貿易が世界的なルールとなり、WTO(世界貿易機構)が設立され、そのルールに違反した場合はWTOに訴えることが出来る。これは貿易の分野に限って言えば国家を超越した裁判所のような機能を持つ組織が出来たことを意味し、その点では世界政府っぽいところはある。しかし、このWTOも加盟国が参加する意思を示し、署名・批准することでWTOのルールに従うことを約束し多結果であり、いざとなればWTOを脱退することも可能である。実際、トランプ氏が訴えるメキシコからの輸入品への高関税は、米-メキシコ間で結ばれているNAFTA(北米自由貿易協定。カナダも参加)に違反し、もしNAFTAを撤廃しても、アメリカ、メキシコともWTOの加盟国なので、アメリカはWTOも脱退しなければならない。それでも、一国が自らの政策を最後まで貫くことは、グローバル化した世界でも可能である。

 しかし、それ以上に重要な問題は、グローバル化がなぜ起こるのか、という原因に由来する。グローバル化は単に自由貿易協定を結んだから進む、というものではない。グローバル化は、国ごとの格差があるから進むのである。

 工場がアメリカからメキシコに移転するのは、メキシコの方が生産コストが安く、様々な規制が緩いためである。メキシコからアメリカに移民が流入するのも、同じく賃金の格差があるからである。そこには賃金の格差や規制の格差がある。そしてその格差は、国境を隔てて異なる国家が存在し、それぞれの国家が独立した経済を形成しているからである。これらの格差は国境(ボーダー)が無くなってしまうと完全に統合された経済圏となり、格差も無くなってしまう。

 米国内にも日本国内にも格差はある。都市部の方が賃金が高く、また米国では州ごとに付加価値税などの税制も異なる。その意味では一つの国内でも人の移動や工場の移転は起きる。しかし、それは大きな社会問題になるわけでも、差別主義や排斥運動を伴うような拒否反応を生み出すわけでもない。その一つの要因は一国内であれば、富の再分配、すなわち豊かなところから貧しいところに富が移転され、ある程度の均衡を保つような政策を実行することが出来るからである(近年、そうした富の再分配機能が衰えてきて、過疎化と一極集中が進んでいることもまた確かだが)。しかし、グローバルにはこうした富の再配分機能はほとんど存在していない。豊かな国から貧しい国に対して開発援助を行うということはあるが、その規模は国内の富の再分配と比べれば圧倒的に小さく、また市場統合したEUの中であっても、国家間の富の再配分は国内の再配分機能と比較してあまりにも弱い。

 これらのことはある意味当たり前のことなのだが、しばしばグローバル化を議論する上で見落とされがちであり、グローバル化に過剰に期待することも、過度に恐れることもなく見ていく必要があると考えているので、改めて整理した。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=大幅続伸、ダウ500ドル超値上がり 

ワールド

米豪首脳がレアアース協定に署名、日本関連含む 潜水

ワールド

米控訴裁、ポートランドへの州兵派遣認める判断 トラ

ワールド

米ロ外相が電話会談、ウクライナ戦争解決巡り協議=国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 7
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 10
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story